やさしい食卓二。【SS】 (ページ17)

今日:1 hit、昨日:2 hit、合計:217,389 hit

四十七。おまじないページ17

.

まずいな

少し、喋りすぎたかも______

焦って溢れ出てくる涙を止めようと、瞼に手を当てようとしたら

それより先に、櫻井さんの手が私の頬を包んで、親指でそっと優しく涙を拭うから

余計にまた、止まらなくなってしまう

『Aさんは、泣いていてもキレイなんだな』

その彼の言葉に居た堪れなくなって

思わず瞼を閉じて、頬を包む彼の手の上から私の手を重ねてみる

.

すると櫻井さんは

私の頬から手を離し、私の右手を両手に取って、私の指と手の甲を撫でた

『この華奢な手が、あんなにやさしい味を創り出す訳がやっと分かったよ』

彼はこれ以上無い優しい目で私の手を見つめ、言葉を続ける

『俺はあの時、Aさんのこの手が創った料理に、心を救われた』

『君を育ててくれたお祖母さんに、俺も感謝しないとな』

彼がそんなことを言うから

私はまた、涙を流す羽目になってしまった。

.

.

「…送って頂いて、ありがとうございます」

櫻井さんと乗ったタクシーが、私のマンションの前に停まって

タクシーを降り立って窓ガラス越しに後部座席にいる彼にお礼を言う。

『遅くまで付き合わせてゴメン、今晩はゆっくり眠ってね』

そう言う彼に笑顔で応え、マンションのエントランス内へ進んでいく

.

『あ、待って！』

そう声がして、後ろを振り返ると

彼がタクシーを降りて私を追いかけて来た

『ちょっと、目、瞑って』

「…え？」

『元気が出るおまじない、してあげる』

そういう彼に不思議に思いつつ、それに従って目を瞑って待っていると

気付けば櫻井さんの腕に、身体を包まれていた。

突然のことに驚いて固まっていると

あの夜、私が彼にそうした様に

彼の手が私の背中をトントンと叩き、上下に撫でた。

『俺、Aさんにこうしてもらって元気出たから、これはお返しね』

そう私の耳に優しく囁いて身体を離すと

『それじゃ、おやすみ』

と言って、再度タクシーに乗って去っていった。

.

彼がいなくなった後も、その場に立ち尽くす

“君を育ててくれたお祖母さんに、俺も感謝しないとな”

.

…どうしよう

これ以上近付くと、間違いなく後戻り出来なくなる

彼に対して特別な想いが湧いてくるのを

この時私は既に、感じてしまっていた______