いっそのこと夢であれ【knmc】 (ページ8)

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初夏はあっという間に6月に塗り変えられてしまった。
耳を澄ませば雨音にまじって、廊下の奥から聞きなれたクラスメイトたちの騒ぐ声が聞こえてきた。さっきまで色とりどりだった外は大雨で白んで、アスファルトが濁った空を鈍く反射している。教室は人肌と太陽を失い、暗く冷えていた。

尻餅をついた剣持と私の間に、ただただ沈黙が流れる。

「……そんなに驚かれるとなんか反応に困る。」
「なにドン引きしてんだテメェ！！」
「暴力反対！！」

ぴしゃり、剣持の怒りに呼応するように、一際大きな雷が鳴った。

コンクリートの屋根に絶え間なく降り注ぐ雨の音は、まるで無数の足踏みのようで、まったく雨足とはよく言ったものだ。しかし、セミの大合唱を跡形もなくしたその騒がしさの中でも、剣持の高いテノールはよく響いた。
…私はいったい今日のMVPになんてことをしているんだろう。

「わざわざ戻ってくるなんてどしたの？忘れ物？」
「そんなとこ。」

剣持はお尻を軽く手で払いながら、教室の電気をつけはじめる。
リズミカルな音と共に、真っ暗だった教室へ明かりが灯っていく。暗いのに慣れていた視界がちかちかしたので目を細めると、それを見た剣持にけらけら笑われた。

ひとしきり笑ったあとに、剣持は自席の椅子を引いて机の中を覗き込んだ。たぶん忘れ物を探しているのだろう。

「そっちこそなんでまだ教室に？」
「いやぁ、朝の天気予報みれなくてさ、家に傘置いてきちゃった」
「まぁ、あれだけの大遅刻しといて、ちゃっかり天気予報確認してたら僕は怒る。」
「……今朝はほんとにごめん。」
「まぁ、結果間に合ったからいいけど。」

駅からは全力疾走だった。
あれが体力テストだったなら一発でリレー選手に抜擢されるくらいの俊足だった。
門が閉まるまであと6分。遅刻するか否かの瀬戸際。
風を切って、地面を踏みしめて、車から降りてきた後輩と、自転車置場から現れたクラスの男子二人と共に走って校門を潜り、息を整えながら上靴に履き替えていたところでチャイムが鳴った。セーフだった。

剣持が遅刻ギリギリなんて珍しい。これはクラスメイトの台詞だ。
あまり剣持の足を引っ張るなよ。これは通りすがりの先生に言われた。ううん、ごめんね剣持。

剣持は椅子をしまうと、次にロッカーの中を探し始める。
積み上がった教科書の中から、器用に一冊の資料集を取り出した。

「おー！資料集！優等生っぽい！」
「当たり前だろもうすぐテストだぞ。」
「まだ二週間あるよ。」
「勉強は早いうちから始めた方がいい。」
「ンンンごもっとも。」

なるほど、明日でいいやとならないのが実に優等生らしい。