夜更け捌き人形 (ページ10)

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「誰なの、犯人は」

小声の会話を聞いていたのか、杏里は上に向けていた顔を此方に動かす。そんな彼女にためらってはいけないと桃華は分かっていた。

「杏里さんです」

「はっ？私を誘拐したのは私？いいえ、貴方何を言うの。私は異能力目当てで誘拐されたの」

辻本がポカンとするのに対して、これまで通り落ち着いた口調で会話を続ける杏里。

「私、横浜を守る仕事をしていたの。8万人の人を爆破事件から救ったことがあるわ」

杏里は誤解だと言い、更に詳しく話した。桃華に即席のメモを渡された辻本は、訳が分からないまま受け取った。

年齢に見合わない、字は整っておらず、誤字のほうが多いくらいのメモ。その時、悲鳴をあげたのは杏里と奥さん。

桃華は借りたナイフを振り上げた。勿論そのまま振り下ろす訳なく、辻本の頭上で手を止める。

「これが証拠です。貴方は爆破事件から8万人を救っても、目の前の男一人は救わないのですね。ただ、その場で悲鳴を上げるだけで。異能力で人を救ったことなんて、本当はないのでしょう」

だから異能力目当てで捕まったというのも、すべての異能が使えるというのも、8万人を救ったというのも、杏里の嘘。

さっきのメモに記されていた言葉を、辻本は思い出しながら繰り返した。人を問い詰めるのは慣れていない様子でぎこちない。それか、単に少女の字を読むのに苦労していただけか。

「いいえっ」

「貴方は嘘をついています」

まだ反論しようとする杏里さんに辻本はたどたどししく続ける。

睡眠薬を飲まされ、今目が冷めたところなのに、20分前に人が殺されるのを見た―。

睡眠薬の効き目が20分で切れるわけがない。これも、杏里の嘘。

壁や床を溶かしたり固めたり、自由に操れる男の異能。これで杏里は壁に耳まで埋め込まれてしまった。首を締められたのもその時―。

壁に埋め込まれている杏里の首を締めるには前から押さえつけるしか方法が無い。

それなのに杏里は「前から見ても後ろから見ても手形の跡が見えてしまう」と言った。

身体の後ろ半分が壁に埋まっている状態なのに、男が後ろから彼女の首に触れる訳ない。これも、杏里の嘘。

全て自作自演。首に手形を付けたのも。

「貴方は誘拐なんかされていないのでしょう？」

辻本がとどめの一言。無事にメモを噛み砕き、解釈出来たのだ。

「しかしっ、私」

「見事だねえ、感心したよ。君、うちで働かないかい？」