参拾肆話 ページ36
『私は非力です』
私がそう言うと、優し気な表情が少しだけ変わった。
少しだけ、驚いた。
1秒も続かなかったが、あれは間違いなく驚いていた。
「…うーん、そうかな？
今回の誉は君だと思うけれど」
『私は、襲われて助けられただけです。
彼らが傷付く前に何かできていれば良かった。
でも、そういうのは全くできなかった』
優し気に、でも真剣に私の話を聴いてくれるこの人に、さっきのような無慈悲なものは感じられなかった。
『今回、何の心配もなく彼らを治せたのも、治し方を教えてくださった貴方のおかげです。
私は何もできてないんです』
「…へえー」
…ほんわかした表情とは一変、興味しんしんな瞳に一瞬驚いた。
頬杖はしたままだ。
でも、何か、さっきより距離が近付いてる気がする。
「僕の知ってるここの審神者って、そうやって悩むこともしなかったよ」
『…ここの、審神者？』
「え？」
『え？』
頬杖が突然無くなった。
驚き一色。
信じられない、とも捉えられる表情。
「…君、ここのことを何も知らずにここの審神者に？」
『…え……はい、そうですね…
多分貴方が知ってることを私は一切存じ上げません』
正直に答えた。
嘘をついてどうするわけでもないので、これが正しい道だ。
「…苦労してるんだねえ」
『…はあ……』
「君が知りたいと思うなら、…そうだなあ、君が眠くなるまでお話ししてあげようか」
優し気な人は、再び頬杖をついて私の返答を待った。
やはりニコニコ笑顔である。
『…じゃあ、眠くなるまで、お願いします』
「うん、了解」
彼の返事と共に、私は机にうつ伏せになった。
…いや、正確にはうつ伏せの体制だが顔は優しい人に向けているバージョンだろうか。
ややこしいのでうつ伏せにする。
「ああ、今思い出した。
僕の名前、まだ言ってなかったよね」
『あっ…そうですね…
言わないのかと思ってました…』
「あはは、普通に忘れてるだけだから気軽に声掛けてくれていいんだよ。
髭切、っていう。よろしくね」
『よろしくお願いします』
こうして、長くおぞましい話が始まった。
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作者名：雪だるま太郎 | 作成日時：2018年7月19日 22時
