52回戦 ページ12
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ユキのあんな顔、初めて見た。哀しくも煽惑な顔――初めてだ。
せっかくの先輩のキュートな格好が記憶の断片に追いやられてしまう。
もし先輩が来なかったら、その後何が起きていたのか分からないほど無知じゃない。咄嗟のことだったとはいえ、拒もうとしなかった自分にゾッとした。
「ごめんな」
ボーッとそんなこと思いながら歩いていたら加藤くんが言った。
「なにが?」
「いや……さっきの荒北先輩だったよな?俺、一瞬誰か分かんなくて声掛けちゃったけど。邪魔したかなって」
「ううん」
自分の理解不能な行いに荒北先輩の隣を歩くと足が絡みそうだったから――正直、加藤くんが来てくれて助かった。
着替えを終えたクラスメイトは餅つき大会の会場でもある玄関横駐車場にチラホラ集まり始めていた。
和菓子カフェのつもりで準備をしていた浴衣着用で餅つき大会って……すごく動きにくそうだな。無論、私はそんな文句を言える立場ではないんだけど。
杵を2本無事に運んだ加藤くんは
「んじゃ俺、黒田んとこ行くわ」
と無邪気に笑った。
「A?転けたの?」
加藤くんの背中を眺めていると、今度は私の背中に蘭の声。
「あぁ。え?なんで?」
「髪、せっかく結ってあげたのに崩れてるし……ほら、耳の後ろ。うっすらだけど血が」
指をさされた左の耳の後ろを撫でてみると、確かに指にはほんの微かに鮮血。きっと、ユキが倒れる私を支えたときに首の後ろに回した指先が掠めたんだ。首筋に残る感覚が擦って消そうとした。
「あれ?これ、引っ掻き傷じゃない?」
「あぁ。うん!痒くて……引っ掻いちゃったんだと思う。涼しくなっても蚊が居るのかなー?」
苦し紛れの言い訳を蘭は疑いもせず
「しぶとい蚊も居るんだね。荒北先輩にしぶとくアタックするAみたい」
なんて笑った。
「ねぇ、蘭。……私、なんで先輩が良いんだっけ?」
文化祭が始まるのに。あと30分で一般解放なのに。今日まで先輩に格好良いとこ見せようと人生初の筋トレまでしたのに。
そんな疑問が浮かぶほど、ユキの顔が、言葉が――頭から離れない。
「なんでって……先輩の苦痛に歪む顔がどうとか言ってたじゃん。どした?」
原点を探っても何が何だか分からなくなる。
――ブチかましたい
そう思ってたはずなのに。確実に今、その欲求はカタチを変えていた。
自分の中の眠る未知の私が手招きしているようだ。
消そうと擦った首筋は、リアルな熱を帯びていた。
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eye(プロフ) - 色々色の助さん» 最後までお付き合い頂き、ありがとうございます!!勿体ないお言葉ありがとうございます。慣れない書き方に苦戦しましたが、そう受け取って頂けて嬉しいです(^^)これからも色んなお話に挑戦していきたいと思ってます!応援よろしくお願い致します! (2016年2月11日 0時) (レス) id: ec48e3633d (このIDを非表示/違反報告)
eye(プロフ) - ミリアさん» 最後までお付き合い頂き、ありがとうございます!!中途半端な三つ巴になってしまいましたが、お楽しみ頂けましたか?こちらこそ、いつも応援ありがとうございます(^^)今後もゆっくりですが、色んなお話に挑戦しようと思いますので応援よろしくお願い致します! (2016年2月11日 0時) (レス) id: ec48e3633d (このIDを非表示/違反報告)
eye(プロフ) - 桜さん» コメントありがとうございます。攻められる荒北さん、お楽しみ頂けたようで嬉しいです。他作品のご愛読感謝致します!これからも応援よろしくお願い致します(^^)最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!! (2016年2月11日 0時) (レス) id: ec48e3633d (このIDを非表示/違反報告)
色々色の助(プロフ) - 完結お疲れ様でした。ここでは字下げや文を意識したような作品はなかなか見受けられませんがこれは物語としての表現などとても纏まり良く大好きでした!!受け身の荒北も楽しかったです。eyeさんの物語の着眼点にはいつも驚かされますwこれからも応援してます(*^^)v (2016年2月10日 22時) (レス) id: 505784ee23 (このIDを非表示/違反報告)
ミリア(プロフ) - 完結お疲れさまでした(*^^*)攻める夢主vs攻められたくない荒北に攻める黒田が加わって面白かったですwwいつも楽しいお話をありがとうございます!これからもeyeさんの作品楽しみにしてます。 (2016年2月10日 22時) (レス) id: 152cfe1d9d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:eye | 作成日時:2016年1月26日 21時