short×short - ars (ページ12)

今日:16 hit、昨日:22 hit、合計:40,741 hit

【優しい泡－ M.J 】2 ページ12

＊

玄関のドアを開けると

わずかにテレビの音が漏れ聞こえるものの

人の動く気配はなかった

「ただいま。」

誰ともなく声をかけて

ウォークインクローゼットに寄る

帽子を取りサングラスを外し

コートを脱いでシャツの第1ボタンを外す

こうして少しずつ

アイドルの自分を削ぎ落としていく

メンバーといるときに

決して無理をしているわけじゃない

5人でいれば

そこは間違いなく落ち着く空間

ただ

家族といる自分と部屋に一人でいる自分が

みんなだって少し違うように

どこか一本ネジを緩めるような

そんな感覚

きっちり固めていた髪を

片手でくしゃっと崩して寝室を出た

案の定だれもいないリビング

迷うことなくキッチンに入って

冷蔵庫からキンキンに冷えたグラスを手に取り

中段に並ぶビールを一本持ち出す

締めかけた扉の隙間から

下段のビアグラスが目の端に映って再び開けた

「またこんな事して…」

思わず漏れる独り言と苦笑

発砲と泡がおいしいビールなのに

飲みかけのグラスを冷蔵庫へ戻すのは

もはや見慣れた光景だ

「炭酸抜けるっつってんのに。」

想像しながら覗いたゴミ箱には

ビールの空き缶が2つ

やっぱりね

って思うぐらいには

彼女の行動が読めるようになってきたと思う

冷蔵庫の扉には

お行儀よく待機してるタイマー

絶対防水タイマーを買ってこよう

って固く決意した

＊