キールに沈んで (ページ37)

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私は彼のことを何も知らないと痛感する

「あー、でも気をつけろよ？」

「なにを？」

「Aが言ってた。たまに記者の車見かけるって。
藤ヶ谷とのツーショ狙いだとしたら、お前も撮られる可能性あんだぞ？」

「げ、まじか。まあ割と大々的に撮られたからなぁ」

「笑ってる場合かよ。二股野郎みたいになるぞ？」

「俺は書かれても仕方ないことしたけど、
橘ちゃんと彼女を巻き込む訳にはいかないからなー。
対策考えてみるよ」

ネットでは私と藤ヶ谷さんは公認カップルのようになっていて
私達の気持ちとは大分乖離がある

だからと言って私にはどうする事も出来なかった

「そういえば、北山はどうだったの？」

「あ？」

「デートだってお姫様攫って行ってからしばらく経つけど」

心臓が止まるかと思った

恋バナになってからいつか私の話題が出るんじゃないかと
ソワソワしていたけど
本当に出てしまった

聞きたいけど聞きたくない
何も無かったなんて言われたら
本当に何も無かったことにしなきゃいけなくなる

「デートねぇ」

「気になってたんだよね。どこ行ったの？」

「あ？焼肉食って、酒飲んだ」

「女の子とのデートに焼肉って」

「はは！いい女だったらBARとか連れていったな」

「失礼」

「いちごミルクだのカルーアミルクだの甘い酒ばっかで、焼肉に合うのかって思いながら肉焼いた記憶あるわ」

「確かに橘ちゃんはそういうイメージあるわ」

いちごミルクは甘くて好き
だから同じくらい甘くて優しい藤ヶ谷さんを好きになった

北山さんは甘くない
甘いけど甘酸っぱい中にほんのり苦味がある

甘いお酒しか飲めないのはアルコールの苦みが苦手だから

「ま、今の状況で俺に恋愛なんて許されねえだろ。Aを縛り付けるのも嫌だって思ったんだけどなぁ～。はぁ～」

「北山は自分のために生きてもいいんじゃない？」

「時が来たらそうするよ」

「橘ちゃんもその時まで待たせるの？」

「決めるのは俺じゃねえよ。さ、そろそろ行こうぜ」

飲み干した空き容器をポイッとゴミ箱に入れ
その場を後にする2人

私は何も知らない

彼の連絡先も、家の場所も
彼が今抱えてるものも

何も知らないんだ