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鞄に入れていた例の本を取り出して渡すと、目を丸くして驚いた様子の松村くん。仲良くもないのにこんなことされても迷惑か、と思い至って手を引くより早く、いいの？と嬉しそうにしてくれて、ほっとする。
私が男の子に本を貸す日がくるなんて。と密かに感動してしまった。もしかしたらこのまま本好きの同士として仲良くなれるかもしれない。まだよく知らない誰かと話していて、初めて、新しい本を読み始める時のわくわくに似た感情を覚えた。
「ありがとう、」
『松村くんの感想、聞きたいな』
そこまで言うと、松村くんはふと考え込むような素振りを見せた。何があったのかと思えば。
「ねえ、どうして俺は松村くん、なの？」
『…、え？』
なんと、こんなことを言い始めた。
何度も言うようだけれど、松村くんはもっとクールな人だと思っていたから。ついさっき少し話せるようになったと思ったら、そこからの距離の詰め方があまりにも早くて驚いてしまう。でもそれは、案外、不快なものじゃなくて。
「……ほら、樹とか、みんな名前なのに」
『…あ、それは、そう呼んでって言われたから…』
「じゃあ、俺も、…名前で呼んで」
『…、』
「…」
『…北斗、くん？』
「…」
『え、え、何か言ってよ、…』
「…うん、あの、なんか、いいわ」
『…いいの？』
「うん、いいの」
今度からそうやって呼んで、と言った北斗くんは、どことなく満足そうだった。
「…A、ちゃん」
『…なに？』
「俺も、Aちゃんって呼ぶから」
いいよね？って、照れたように頬を緩ませて笑う顔は、やっぱり第一印象とは違っていたけれど。こんな風に笑うんだ、なんて。そんなことを思う自分がなんだかおかしかった。
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作者名：春野菜
| 作成日時：2020年7月23日 20時
