病気とは言わないで２

見えない医者 ページ33

　診察室の中は薄暗くて誰も居るようには見えない。

「せ、先生……？」

「ここにいます。あなたの目の前です」

　目の前には誰もいない。でも、そこから声がする。

　それに何となく、人の気配みたいなものがあるような気がしなくはない。

「えっと、どこに……」

「……あぁ。そうか、分からないのか。うーん、見えないけれども、ここにいるんですよ」

　顔に弱い風が当たった。

「ひっ」

「今、紙で扇いでるんですけど分かりますか？」

　よく聞いてみれば、紙の音が目の前の空間から聞こえてきている。そこには紙も何もないように見えるけれど、いるらしい。

「あ、はい、えっと、分かります」

「私や私が身に付けていたり、触れているものは周りから見えなくなってしまうんです。でもちゃんと私はここにいますよ」

「そう、ですか」

　透明人間。普通ならもっと驚くかも知れないけれどそんなに驚かなかった。これよりももっと驚くことばかりだったからだろうか？

「あぁ、そんなことよりあの子と、ソウイチロウをどうにかしなくては。その前に足が凍って動けないから、そっちを先にどうにかしないと……」

　さっきまでの私みたいに足が凍って動けなくなっているらしいけど、氷も見えなくなってしまっている。

　……どうして私の氷は溶けたのに先生の氷は溶けないんだろう？

「ユカ、私の机の引き出しにハンマーみたいなものが入っていたと思うんですが取って貰えませんか？」

「あ、はい」

　先生はどうやら氷を叩き割るつもりらしい。

　先生が言っているのは診察室の隅に置かれたあの机のことだと思う。

　机に近づこうとして一歩踏み出したとき、肩が先生にぶつかってしまった。

「あっ、えっと、あの……ごめんなさい」

「気にしなくていいですよ、見えないものを避けるのは難しいですからね」

　机の側まで来て、引き出しを開けるとハンマーが手帳やボールペンの中に混じって入っていた。

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