月見る月 ページ47
昼間の暑さが焼き付いた湿った夜を歩いていると、不意に声をかけられた。
「月が綺麗ですね」
「……はぁ」
言われてみれば今夜は満月だったらしく、丸く大きな月が煌煌と夜空に浮かんでいた。
声の主へ目をやればそこには夜だというのに日除け傘をさし、黒い着物に赤い帯が目立つ、手先や顔にも黒い布を巻いて妙に真っ白な肌をした口元だけが見える人のような形の者。
それはこの世のものではなかったが、普段私に害をなそうとするそれらとは違うものだというのはすぐに気配で分かった。
「月が、綺麗ですね」
もう一度、ゆっくり言い聞かせるようにそれが言う。
聞こえていないと思ったのか、それとも同意を求めているのか、もしや愛の告白であろうか。
「……そうですね。今日は月が綺麗だ」
「はは、は。そうか。私はそれをどう受け取ろうかね、悩んでしまうよ」
自分から言ったくせにそれは照れくさそうに言って笑う。
「ただの感想ですよ。今日の月は綺麗だ、それだけです。それ以上はないし、隠れた意味もありませんよ」
「それは、少し寂しいなぁ。あ、それじゃあ、これは知ってるかい？」
「何です？」
「月月に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月」
歌うような軽い口調でそれは言う。
「……月？」
「そう、月。月はいい。大好きだ。私は月が綺麗な日しか出歩けないから、月が好きなんだよ」
「はぁ」
「両目はどこかに落としてしまったがね、月はいつも見えているよ。月はいつでも見えるけど、特にこんな湿って蒸し暑い八月の月が一番きれいに見えるよ」
そう言ってそれは布で覆い隠された、人間で言う目がある位置を撫でる。
「……月だったら、九月とか十月のほうがきれいじゃありませんか？ ほら、中秋の名月とかって言うじゃないですか」
「うん。そうだねぇ、でもね、ずれてしまったけど昔から月を見るのは八月だ」
「そうですか」
「君等人間だってそう歌った。だから……、あ」
それは言いかけた口を閉じてじっと月を見た。
自分も同じように月を見れば、月に黒い雲が掛かり始めていた。
今朝の天気予報で夜は雨だと言っていた気がする。
「私はこのあたりで帰るとするよ。月が見えないんじゃ外を出歩く意味もない、じゃあね。付き合ってくれてありがとう」
そしてそれは、私に小さく手を振ってから踵を返して歩いていった。
それから随分時が経ち、あれに再び会うこともなかったが、今だに月を見る度に思い出す。
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ワモテ(プロフ) - この独特な世界観が好きです！ (2022年6月28日 19時) (
レス) @page4 id: d60369b53d (このIDを非表示/違反報告)
切り紙 - 衛生兵079さん» やっぱりそうでしたか！ありがとうございます！ (2022年4月12日 21時) (レス) id: 3ea5ee90fc (このIDを非表示/違反報告)
衛生兵079(プロフ) - 切り紙さん» 同じお店です。女性はそのお店の店長さんです。 (2022年4月12日 20時) (レス) id: fb9fb2071f (このIDを非表示/違反報告)
切り紙 - 衛生兵079さん» あ、あっ…！上手く言い表せないんですけどもう全部好きです((それで思ったんですけど、この話の女性が開いてるお店って道案内に出てきたおじさんが言っていたのと同じですかね？ (2022年4月12日 20時) (レス) @page38 id: 3ea5ee90fc (このIDを非表示/違反報告)
衛生兵079(プロフ) - 切り紙さん» リクエストありがとうございます。風、空ですね、了解しました。 (2022年4月12日 10時) (レス) id: fb9fb2071f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：衛生兵079 | 作成日時：2017年12月25日 23時
