現実より少しずれた世界で

水に沈んだ ページ1

　ごぼり。

　ごぼごぼ。

　耳に水が入る嫌な感じ。

　でも、水中特有の浮遊感はない。

「ああ」

　地上にいるのと同じように動けるのに、目を開けると水の中みたいにぼやけた視界。

　水の感覚はないが、水はしっかりそこにあるみたいだ。

「ぎゃー！！」

「助けて！」

「早く逃げなきゃ！」

「あぁ、神様！」

「嫌だ！ 来ないで！」

　阿鼻叫喚の大惨事。

　黒い何かが逃げる人影を追う。

　がぶり。がぶがぶ。ごくん。

　黒い影に噛みつかれて、人影は赤い何かを散らした。

　すぐ側を小さな魚達が人影と同じように逃げ、駆けていった。

「あ、あぁ」

　何が起こったかわからない。

　自分だけが全てに取り残されているようだった。

　ぼやけた視界では何も分からない。

　知ることができない。

　せめて、はっきり見えれば。

(本当に？)

　声がした。

　頭のなかに響く冷たい声。

(知ればきっと怖いよ)

「見たい」

(いいの？ 本当に？)

「知りたい。何があったのか」

(ホントの本当にそれでいいの？)

「お願い。見せて」

(…………)

　声は見せたくないようだった。

　でも、見たかった。知りたかった。
　
(後悔しないで……)

　急に視界がはっきりした。

　ぼやけていない世界を見ることができた。

　大きな魚だ。

　黒い大きな魚が、人々を追い回していた。

　追い付かれてしまった人は、大きな魚にかじられて血を辺りに撒いた。

　それを待ってたと言わんばかりに、小さな魚が群がった。

『臨時ニュースです。今日未明◯◯市の◯◯が沈みました。このようなことは４３年ぶりで、専門家は……』

　そばに捨てられていたテレビが動き出した。

　雑音混じりに臨時ニュースを告げる。

『至急、住民は避難してください。大きな魚には近づかないでください。四肢や命を失う危険があります』

　また、誰かが犠牲になった。

　血がじわりと水中に広がった。

『これは訓練ではありません。早く避難してください。町を出てください。死ぬ前に出てください』

　まるで夕暮れのように赤い空。

　時計はまだ昼の１２時を指している。

　血で水が染まったようだ。

　赤い。綺麗な光景だ。

『臨時ニュースです。沈みました。避難してください。避難してください』

　コードの繋がっていないテレビが喧しく騒ぎ立てる。

「ぎゃあ」

　また悲鳴。

　ごぼごぼ。

　ぶくぶく。

　その日、町が一つ水に沈んだ。



　

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