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無我夢中だった。
紫耀くんしかいない職員室に入った瞬間、繋ぎ止めていた糸がプツンと切れた。
私、あの後ちゃんと考えたよ。誰からも好かれる紫耀くんみたいになりたいって。……隣にいてもおかしくない年齢になるまで、ちゃんとした大人になるって。
ネクタイを引き寄せて、再び触れ合った唇はあの日よりも断然、甘かった。
「送ってく」
「……紫耀くん」
「何も言わないで、頼むから」
ああ、また困らせてる。伏し目がちに私の横を通り過ぎて職員室から出て行った紫耀くん。こんなはずじゃなかった。
「………」
「………」
無言が続く車内。この前と同じように洋楽が流れてる。プレイリストに入れたこの曲、毎日聴いてるよ。さっきだって、紫耀くんを導くようにこの音楽が流れてた。
「……寒くない？」
「……あ、うん」
やっと言葉を発したと思ったらそんなことで。そんなありきたりな気遣いなんていらないのに。もっと違う言葉が欲しいのに。
大好きで仕方がない紫耀くんの車に乗っているというのに、この胸が張り裂けそうで、息が詰まりそうで、堪えた涙は簡単に流れていく。暗がりの車内、紫耀くんの匂いに包まれながら声を殺して泣いた。
「葉山、」
「………」
「着いた」
どうすれば紫耀くんは私を考えてくれる？何をすれば私だけを見てくれる？
「……帰りたくない」
「……え？」
気付けばそんなことを口走ってて。紫耀くんは頭をかきながらハンドルから手を離した。
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作者名：詠夢
| 作成日時：2021年8月10日 17時
