どん底/3 ページ49
別の部署の気になっている女の子がよく俺を見ていた。だからこんな噂が流れて、俺は心底気分を良くしながら、彼女のことを横目で追う。彼女と目が合うと、すぐにぱっと逸らされる。これはもしかして、両想いかもしれない。期待を膨らませてしまう。話しかけてみようか。けれど何を話せばいいのか分からない。それに彼女はいつも人に囲まれているから、俺が急に話しかけたら噂になったりしてしまうんじゃないだろうか。でも、あんなに見られたら、もう気になって仕方なくなる。
「あっ」
ドラマの展開よろしく、廊下の角でばったりと、一人で歩いてる彼女と鉢合わせた。とくん、と胸が一瞬高まる。
「え、あ、っと、しゅうさん、でしたよね」
「……知ってるんですね俺のこと」
嬉しい、と口に出してしまいそうになる。緩みそうになる口元を必死に抑えながら、今がチャンスではないかと口を開いた。
「俺、あの……」
「ごめんなさい、いいですか? ちょっと」
俺の声を遮って彼女が口を開いた。目を逸らして、眉間に皺を寄せる。もしかして。やっぱり期待してしまう。逸らしていた視線が、彼女とかち合う。
「しゅうさん」
なんですか、と言い切る前に。
「なんで、私のことちらちら見てくるんですか。あの、その……気持ち悪いです、正直」
す、と体温が一気に下がっていく。頭から氷をかぶったみたいに、頭がどんどん冷えていった。緩んでいたはずの口元は、いつの間にか微かに開いてしまった。
「え、だって、あなただって」
「しゅうさんが見てくるからです。失礼します」
その場に取り残された俺は、嘘だと、冗談だと言ってほしいと、ずっと自分の都合のいい方に考えていた。全部俺の思い込み。期待していた代償。彼女は俺のことなんか好きじゃないし、むしろ、気持ちが悪いと。
「ああ、照れてるんだ」
彼女はそういう風に愛情表現する人なんだと解釈した。それならいくらでも、いい。愛情ならそれでいい。明日も彼女に話しかけてみよう。素直になってくれますように。
99人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:ぷりん | 作成日時:2020年11月11日 13時