憧れてるだけ/8 ページ47
落ち込んだ時に彼女に当たってしまわないように距離を取る。でもそんな俺に、わざわざ近づいてくる彼女に案の定馬鹿みたいにイライラをぶつけてしまう。仕事が上手く行かなかった、少しだけ失敗した。些細なことを引きずって、どこにぶつけていいか分からなくて、いつも一人で溜め込む。
「はっちは頑張ってるから」
頑張っているのは彼女も一緒だ。仕事をして帰ってきていろいろ家のことをして。今まで俺もやってきたことだけど、彼女は率先していろいろするから。それに甘えて生きて、ああ俺駄目になるんじゃねえかなって。
「洗うの、俺やるよ」
「え? いいよいいよ、はっちは休んでて」
振り向く彼女の笑顔が優しくて身に染み渡る。さっき酷いことを言ってしまった。すぐに謝ったし、彼女は気にするような人でもないけど、俺はとても気にしてしまう。
「明日ね、はっちより帰るの遅いかも」
「そしたら、俺がご飯作るよ」
「いいの? やったあ」
返ってきた彼女を出迎えるくらい、俺だってしたい。疲れた彼女を癒せる力が俺にはあるのか分からないけど。ちょっとだけ、かもしれない。
「いつもは私がはっちを出迎えてるけど、明日ははっちに出迎えられるんだね」
「本当は毎日でも出迎えてやりたいよ」
「えー、私がはっちのこと出迎えたいな。旦那さんって感じで」
「なっ、ば、なに、旦那さん、って」
動揺しすぎとけらけら笑われて、顔に集まった熱を冷ますようにぱたぱたと手で扇いだ。恥ずかしげもなく言ってのけてしまうのが羨ましい。彼女が羨ましいと思ったことは、今に始まったことではない。
「旦那さんだったらいいなって思ったんだよ」
「……じゃあ、それじゃあさ」
どうして口に出そうと思ったのか。それは俺が、彼女のように、言いたかっただけかもしれない。
「奥さんになる? 俺の」
「……へ、へえー、はっち、ねえはっち」
赤い耳が見えて、彼女はこちらを振り向かずに返す。
「今私も同じようなことを言おうと思ってたの」
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作者名:ぷりん | 作成日時:2020年11月11日 13時