言葉の引き金/３ ページ39
浮気ばっかする男のどこがいいんですか、と助手席で泣きじゃくる彼女の横顔を眺めていた。駅まで送ります、なんて言ったものの、彼女の心の痛みは計り知れないものだと察する。仕事帰りにみた、彼女の恋人の姿。赤いルージュが印象的な女性と歩いていた。清楚な彼女とは正反対。絶対に、俺だったら貴女のこと大事にするのに。いつも口に出さないまま、彼女を駅まで送ることが度々あった。
「降りないんですか」
臆病だから言い出せない。いつもそうだ。彼女が泣いている姿を見るのはこれで何度目だろう。言い出せたらいいのに。
「ごめ、なさい、ちょっと……」
「泣きたいだけ泣いていいですよ」
「しゅうさ、ごめんなさい……」
彼女の傷つく顔を見るのは何度目だろう。その度に俺の心にも傷が刻まれていくような気もした。このままもう一度、車を出して、彼女を連れ出すことができたのなら。彼女と逃げてしまえたら。逃げてしまえたら。
「逃げちゃいませんか、俺と」
声は震えていた。
「……ごめんなさい、しゅうさん」
ああやっぱり、叶うはずないか。精一杯口角を上げて、何か言おうと口を開くも、何も言葉が出てこなくなる。
「逃げるんだったら、ちゃんと準備しなくちゃいけないじゃないですか」
濡れた瞳が俺を見た。赤い鼻が可愛らしくて、思わず心臓が跳ねる。
「俺のとこ逃げたら、絶対離しませんよ」
「そう見えます、しゅうさん」
「……バレました？」
彼女はもう泣いていなかった。まるでこれから、家出をする、無邪気な子供のような顔をして、家まで送ってくださいよと促した。
「言ったこと、守ってくださいね。しゅうさん。私は我儘ですよ」
「我儘くらい、可愛いもんじゃないですか」
ましてや好きな人の我儘なんて。俺は聞いてあげたいくらいですけど。どろどろに甘やかして、俺しか見られないくらい。自分って、こんなに独占欲が強い人間だっただろうか。
「その内俺のことばっか、考えるようにさせてあげますから」
今はまだ、違っても。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 99人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ぷりん | 作成日時：2020年11月11日 13時
