幸福とは/８ ページ15
彼女が歓楽街で仕事をしていることを最近知った。そういう店では無くて、普通の仕事だ。夜彼女は家を出ていき、朝になると帰ってくる。「いってらっしゃい」と「おかえり」の言葉を掛けると彼女はすぐに、笑顔になってくれるのだ。こんな俺と付き合ってくれているだけでも嬉しいというのに、そんな顔を見せられたら余計に離れたくないという気持ちが強くなっていく。こんなこと自分でも思うんだ、と感じたが、離すものかという気持ちが彼女と付き合ってから芽生えていた。朝方、俺が目を覚ましたと同時に家の鍵が開く音がした。すぐに飛び起きて玄関に向かえば、疲れた顔をした彼女が力なく笑っていた。
「おかえり」
「ただいまはっち」
俺より幾分も小さい体を抱き締めると、彼女の香水の匂いが微かに鼻腔を刺激した。はっち、と名前を呼ばれて彼女と目が合う。自分の唇を寄せる。目が合うと自然と口付けるようになってしまった。恥ずかしかったけど慣れてしまった。これで彼女が頑張れるのならいくらでも抱き締めるしキスだってする。彼女は夜に生きているのに、光のような人だった。俺にとって。
「朝ごはん食べる？」
「……うん、食べたい。やったあ」
笑うだけで綺麗だ。綺麗な一方で俺はと思ってしまう。
「明日は休みだよ、はっち」
消えたのは希死念慮。彼女がいなくなったら俺はどうなるんだろう。そんなことを考えていたら彼女は不満顔で俺の手を握ることを知っている。幸福とはこういうことだ。彼女がいるだけで幸福だ。
「はっちまたろくな事考えてないでしょ」
「お前のこと考えてた」
「そんなこと言えるようになったの？」
言ってから気づいて顔を背けた。俺はそんな事言わない。言わないけど、言ってしまった。
「変わったよね、前と」
変わったと思う。俺でも分かるくらい。幸福が分かるようになった。幸福とはつまり。
「大丈夫？」
「……うん」
綺麗な瞳がこちらを見つめていた。彼女には、内緒にしておこう。
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作者名：ぷりん | 作成日時：2020年11月11日 13時
