喫煙所/8 ページ1
憂鬱な気分も、私よりよっぽど憂鬱そうな彼の顔を見ていれば全然気にならなくなってしまった。儚い雰囲気を纏う、私の先輩は、今日も喫煙所で煙草を吸っている。大学の喫煙所はここしかないから、私が意識をここに向ける度に、あの人は喫煙所で煙を吐き出していた。私は煙草を吸わないから近づくことは叶わなかった。名前は知らない。憂鬱そうな顔と、背が高いことだけが印象的だった。先輩だというのは最近知った。友人が一度だけ話題に出したのだ。あの喫煙所によくいる先輩が、と。そんな些細なこと。
そんな私にも喫煙所に向かう用事ができた。理由は単純で、友人にお前も吸えば? とまるで薬を打つような言い振りで私に煙草の箱をよこしてきたのだ。銘柄だけは分かるけれど、味なんて分かるはずもなく。その場で一本吸ってみたけれど、やっぱり苦さだけが口の中に残り、噎せてしまった。それ以降吸ってはいなかったのだけれど、ふとさっき、思い出したのだ。喫煙所には誰もいなかった。
「……ふう」
あの先輩の顔が浮かぶ。何を考えているんだろう、普段。一方私は先輩のことばかり考えて……やめよう。なんだか恋をしているみたいだから。憂鬱そうな顔が気になるだけなのに。
「……あ」
ちりちりと煙草が短くなってきた頃、喫煙所にもう一人。
「……何ですか」
思わず私が声を出してしまったせいで、訝しげな眼差しでこちらを見ていた。「なんでもないです」と私は煙草をそのまま灰皿に押し付けた。
「……その箱、よこしなよ」
「え?」
大きな手が私の方に伸びてきて、思わず体が跳ねた。煙草をよこせってこと? どうしてそんなことを?
「普段吸ってないんでしょ。見れば分かるよ。体に良くないから、俺によこして」
「……え、あ、はい」
ん、と一言そう零すとそれきり喋らなくなった。私は早足で喫煙所を出て、振り返る。相変わらず先輩は憂鬱そうな顔をしていた。微かに煙草の匂いが喉に残る。どうしよう。
「私こんなにちょろかったっけ」
こんなにも些細な出来事で、私の心臓は大きく鼓動していたのだった。
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作者名:ぷりん | 作成日時:2020年11月11日 13時