「贖罪」 ページ40
例えるならそれは童話の人魚姫。
例えるならそれは魔法を掛けられて醜い姿になったどこかの国の王子。
少し蒸し暑くなった。
そろそろ梅雨に入り、雨が降りこの世界はしとどに濡れるだろう。
繋いだ手はじっとりと湿っていて乾くことを知らない。
嬉しそうにその繋がれた手をぶんぶん振り回すAはどこか楽しげだ。
あれから1年。何一つ変わらない。
彼女の病状も、俺らの関係も。
それでいいと思う。
もう二度と、Aの瞳に映る世界は曇らせない。
この世は穢れ過ぎた。
赤ん坊のように世界から遮断された彼女が頼れるのは、この手を引いて歩く俺しかいないのだ。
俺が、彼女とこの世界を繋ぐ唯一の糸。
だから絶対、彼女の方から俺との繋がりを絶つことは考えられない。
ガサガサと音を立てるコンビニの袋。
もうすぐコンビニすら、このビニール袋の有料化になるらしい。
その音立てる袋を見て、嬉しそうに笑うA。
粗方、家に帰ってこのスイーツを食べるのが待ちきれないのだろう。
まだ夏とも言えない今の曖昧な季節は、蝉の声も爽やかな風に吹かれて微かに揺れる葉の音もせずとんと静かだ。
聞こえるのは二人分の足音と、遠くに僅かに聞こえる救急車のサイレンと、コンビニの袋が擦れる音。
『ねぇ』
「あー?」
『ずっとずっと、手を繋いでたいな。おじいちゃんとおばちゃんになっても』
Aがふとそんなことを口にする。
彼女から紡がれた甘い言葉に、思わず目を大きくした。
言った手前恥ずかしさが増したのか、ふっと正面を向くと絹のような髪の毛の合間に覗く仄かに耳の縁を色付ける。
俺が言葉を発する前に、正面から1台の車が向かってくるのが見えた。
繋いだ手を引きAを路肩に導くと嬉しそうに笑う。
「離してやるかよ、一生」
口角が上がるのが止められない。
彼女は一生、俺という存在を求めて生きるのだ。
その未来に背中がゾクゾクする。
彼女が声を失った人魚姫なら、俺は王子なんかではなく、その声を奪った魔女だろう。
彼女が醜い姿に変えられた王子なら、俺はその醜い姿を愛した町娘だろう。
彼女は嬉しそうに笑って繋いだ手をさらに強く握る。
俺も離さない、と答えるように強く握った。
明日も、明後日も、明明後日も、一年後も、死ぬまで。
彼女は俺なしでは生きられない。
それが、彼女の瞳を奪った俺の罪であり、褒美。
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夜宵(プロフ) - 最後のお話、すごく考えさせられました 確かになぁと納得する反面なんだか寂しくて恐ろしくてゾッとしました このような視点からのお話も新鮮でとても良かったです 次回も楽しみにしています! (2020年6月14日 19時) (レス) id: af02700ee8 (このIDを非表示/違反報告)
Mrs.ぱんぷきん(プロフ) - 切ない!!!!!そして次回予告がオレンジさん!!!!!!!!!!楽しみです!!!!! (2020年6月14日 17時) (レス) id: 534e341e06 (このIDを非表示/違反報告)
すもも(プロフ) - 何回読んでも好きな作品なので新しく更新されてて嬉しいです^ ^!本当に面白かったです!これからも頑張ってください! (2020年6月14日 10時) (レス) id: e3e9a8bac6 (このIDを非表示/違反報告)
ray - 色覚異常って男性にしか起こらないからちょっとモヤモヤ…笑 (2019年10月19日 20時) (レス) id: 3d88fa54c6 (このIDを非表示/違反報告)
ヨウ(プロフ) - *vanilla*さん» コメントありがとうございます。お話の中に入り込んで頂き、そこまで読み込んで頂けて作品を書いた身としてもとても嬉しいです。本当にありがとうございます。 (2019年2月13日 18時) (レス) id: 91827dbe31 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ヨウ | 作成日時:2019年1月3日 17時