「色彩」 ページ38
今の私には、あの頃よりも遥かに素晴らしい世界が見えている気がする。
あれから1年と少しが経った。
私の目は、良くなったのかと聞かれれば、可もなく不可もなく。
言い換えれば"何も変わらない"
正直に言えば、もうこの世界に慣れてしまっていた。
分かるのは、少しの白黒の強弱で把握する色の明暗と、仄かな光源。
夜道も、慣れた場所なら多少なら歩けるようになった。
今日も私は少しでも目を慣らすために日の暮れた道を散歩する。
勿論、隣には心配性の彼もいる。
今日の目的地は近場のコンビニエンスストアだ。
「歩行者側赤やぞ、飛び出んなよ」
『分かってるよ!もう青信号と赤信号の違いくらいは見分けられるってば!』
私としては別段気にすること無くいつも通りに振舞ったつもりだけど、としみつくんの瞳の奥が少しだけ揺らいだ気がした。
「あん時は赤信号に突っ込んでくから、ホントに心臓止まるかと思ったわ」
『…それはゴメンだけど。散歩する度にその話ほじくり返さないで欲しいなぁ』
「どの口が言うか」
繋いでない方の手でおでこを軽くゴチンと叩かれてあいた、と声を上げる。
まぁ、加減してくれてるから痛くも痒くもないんだけど。
そっとおでこを摩ると、反対の繋いでいる方の手がぎゅっと強くなった。
ふと隣を見ると、としみつくんは前を見据えたまま信号が変わるのを待っている。
きっと、あの日の事を思い出してるんだろうな、と言うのが握られた手の強さから感じた。
それに答えるように、私はぎゅっと握り返す。
『ねぇ』
「あー?」
『ずっとずっと、手を繋いでたいな。おじいちゃんとおばちゃんになっても』
としみつくんのもう片方の手には、先程買ったコンビニの袋。
私のもう片方の手にはお財布。
真ん中の繋がれた方をぷらぷらと揺すりながらそう呟くと、としみつくんの目はさらに大きくなった。
普段から眼力あるのに、それ以上開くんだってくらい開いてる。
自分で言った手前、少し恥ずかしくなってその視線から逃げるように前を見る。
薄暗いその先から2つの光源が大きくなって近付いてくるのが分かる。
多分車が来たのだろう。
としみつくんがぐっと私を歩道側に押し込んだから。
その光源はこの静かな夜には似つかわしく無いエンジン音を立てて颯爽と私達の隣を横切った。
また、私の目の前はぼんやりとした暗さだけになる。
「離してやるかよ、一生」
痛いくらいに繋がれた手に、私の目には明るい未来が見えた。
459人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
夜宵(プロフ) - 最後のお話、すごく考えさせられました 確かになぁと納得する反面なんだか寂しくて恐ろしくてゾッとしました このような視点からのお話も新鮮でとても良かったです 次回も楽しみにしています! (2020年6月14日 19時) (レス) id: af02700ee8 (このIDを非表示/違反報告)
Mrs.ぱんぷきん(プロフ) - 切ない!!!!!そして次回予告がオレンジさん!!!!!!!!!!楽しみです!!!!! (2020年6月14日 17時) (レス) id: 534e341e06 (このIDを非表示/違反報告)
すもも(プロフ) - 何回読んでも好きな作品なので新しく更新されてて嬉しいです^ ^!本当に面白かったです!これからも頑張ってください! (2020年6月14日 10時) (レス) id: e3e9a8bac6 (このIDを非表示/違反報告)
ray - 色覚異常って男性にしか起こらないからちょっとモヤモヤ…笑 (2019年10月19日 20時) (レス) id: 3d88fa54c6 (このIDを非表示/違反報告)
ヨウ(プロフ) - *vanilla*さん» コメントありがとうございます。お話の中に入り込んで頂き、そこまで読み込んで頂けて作品を書いた身としてもとても嬉しいです。本当にありがとうございます。 (2019年2月13日 18時) (レス) id: 91827dbe31 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:ヨウ | 作成日時:2019年1月3日 17時