−風見鶏− 【 Ｊ 】

８．苛立ち−２ ページ8

上機嫌な旦那様に救われた。


自分でもこんな小さなミスに驚きだ。


そして我に返ったのだ。

　


　


旦那様への不信感。


忠誠心の欠けた感情。


執事が抱いてはならないもの。


旦那様への負の思いだらけ。

　


　


なぜそんな気持ちが湧いたのか。


それは、


奥様の肩越しの櫻井家として、
旦那様を見てしまっているのではないだろうか。

　


　


俺は・・・。


『奥様との情事』という甘い蜜に、
いつの間にかこんなにもはまり込んでしまっていたのか？

　


　


入れ直したコーヒーを旦那様に差し出す。


一口飲んだ旦那様は俺に言った。


「おい、松本。
翔に『くれぐれも失礼のないように』と釘を刺しておいてくれ。

アイツはわざと破談の方向に持っていく態度をとるからな。
ビジネスというものを全くわかっておらん。
もうケツが青い年でもなかろもんが。」


「・・・はい、かしこまりました。」


一礼して部屋を出た。

　


　

ふーっ。


ため息混じりに大きく息を吐く。

　


　


　


・・・俺、冷静になれ。


・・・何を平常心壊してんだ。俺らしくない。


俺はただ、旦那様の言う通りに動けばそれでいいんだ。
それで仕事の信頼を得れるのだ。


容易いことじゃないか。


何を今更。

　


　


自分を言い聞かせ終わると、なぜか笑いがふとこみ上げた。


「俺も、人間らしい感情ってやつが残ってたってわけだな。」


ただ櫻井家を見てるだけのつもりが。


感情移入ってやつ？


俺もまだまだ冷たい人間になりきるには青二才ってことか。




ふと顔をあげ、目を閉じたら。


「潤、ねぇ、潤ったら。」


と、俺に微笑む奥様の顔が浮かんだ。


　

　

そして視線を掌に下ろし、
描かれてる歪んだ曲線を眺めながら、


『好きなとき、好きなだけ奥様に触れられない。』

『奥様への気持ち、いつからまがい物じゃなくなったんだろう。』


考える暇もない毎日だったことに気づき、途方に暮れたんだ。


　

　

広げてた掌をぐっと握り、深呼吸して、
俺は旦那様の部屋から離れるように廊下を歩い始めた・・・。

　


　


　

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