−風見鶏− 【 Ｊ 】

３６．泣きたくなるくらいに ページ36

潤との電話を切って呆然とし、部屋で佇んでいた。

なぜ潤が急に休みを言い渡されたのか。

なぜ主人は、急に自分も休むと言い出したのか。

昨日まで当たり前のように感じてた潤の気配。

潤の腕が、

潤の声が、

潤の背中が、

潤の微笑みが、

昨日までは、ちゃんとここに在ったのに。

虚無な現状に目頭が熱くなってきた。

その時だった。


コンコンコン。


ドアのノック音。


「はい？」

「ワタシだ。」

ーーーあなた！？

溢れそうだった涙を指で拭いて、扉を開けた。

「ちょっと入ってもいいか？」

「はい、どうぞ。」

主人は私の部屋に入り、珍しく椅子に腰掛けた。

私の部屋で話す体勢になるなんて、滅多にないのに。

「どうしたの？」

「使用人から聞いたか？ワシの夏休みの件。」

「はい。珍しいことで驚いたけれど、たまには体をゆっくり休めないとね。」

私は微笑んだ。

なのに、主人は微笑み返さない。

主人は前傾姿勢になって話を続けた。

「・・・松本が夏休みに入ったことも知ってるか？」

鋭い視線で聞かれ、背筋がゾクリとした。

思わず答えに詰まる。

「えぇ。それが、どうかしたかしら？」

私が答え終わったのに、主人はなかなか次の言葉を発さない。

私はまるで、その視線に縛り付けられたような感覚に陥り、息もしにくくなったほど。

「A？ワシはちゃんとお前を見てるぞ？」

「ど・・・ういうこと・・・？」

「ん？言葉そのままなんだがねー。」

主人はふっと鼻で笑い、椅子の背もたれにもたれて座り直した。

そして、話を続けた。

「どうだ、ワシと旅行に行かんか。」

「旅行？」

「うむ。思えば二人で出かけるなんて近年なかっただろ。」

「それは・・・それはあなたが！！」

他の女との逢瀬でお忙しかったからでしょ？

皮肉を言いたい気持ちをぐっと堪えた。

それが主人はわかったのだろうか。

静かに目を閉じ優しく微笑んで、そして目を開けて私をまっすぐに見たの。


「だから・・・、今、このタイミングで旅行に行かんか？」


それは、とてもとても優しい顔した主人だった。

あ・・・そうか・・・

私はこの人から逃げることなどできないのか。

この人は、きっと紆余曲折しながらも私を追って来るだろう。

私の実家が、私の存在がおいしいんだから。

そして、主人は潤との関係に気づいてるであろう雰囲気が。

泣きたくなるくらいにわかった瞬間だった・・・。

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