No.351 ページ46
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その瞬間は、まるでスローモーションのように見えた。恵林の目の前で、しずくのつま先はゆっくりと橋から離れていく。丸く大きく開いた両眼がこちらを見ている。その笑顔は、無邪気な子供そのものだ。
「しずくちゃん!!」
恵林は咄嗟にしずくのふくらはぎに抱きついた。
そして、落ちていく体を思いっきり引き上げて、橋の上のアスファルトへと投げ落とす。
「キャ!」としずくが叫んだ。
荒い呼吸のまま、恵林はしずくの横にへたり込む。「恵林センパイ…」としずくは擦りむいた手足から血を流して不安げな顔を見せた。
「度胸試しは、そんな顔でするもんじゃないの」
恵林の表情は前髪で隠れて見えない。
「しずくちゃんがいると私の心はぐちゃぐちゃになって、時々嫌な気持ちになる時もある。でもそれだけじゃなくて、会いたいって思っていた人に会える切っ掛けをくれたり、今まで止まっていた時間が動き出したり、本当に嵐の中みたいな気分になるの。」
「それだけで充分、あなたは私の特別な一番なんだけど…それじゃだめかな。」と、恵林は顔を上げた。
いつものように優しい青い瞳で、しずくに笑いかけてくれる。しずくは痛む体を地面にべったりとくっ付けたまま、恵林をじっと見つめた。
「気づいてる?あなたはいつも急に来て、全部ひっくり返していなくなる。みんなの心に簡単に触れられることって、多くの人にはできっこない特別な才能だよ。」
「…それ褒めてないですよね」
「いやいや褒めてるよ!それよりお洋服大丈夫?せっかく白くて可愛いのに、破けたりしてない?」
「え?」としずくは自分の体を起こす。ワンピースの裾が少し汚れてしまっている。それに、恵林に投げ飛ばされた時に擦りむいた腕や太ももには、見るのも痛々しい傷がぱっくりと皮膚を割いていた。
「うわ!!血が…絶対痛いでしょそれ…!」と、本人よりも震え上がる恵林。自分が怪我をしたという錯覚に陥って、全身に鳥肌がたった。
一方しずくはどうってことは無かった。確かに痛いが、それだけだ。けれども目の前のいけ好かないセンパイを困らせたくて、「あ〜ん痛い、痛いよぅ」と泣き真似をしてみせた。
恵林は慌てて謝る。あの時は、しずくが川に落ちないよう咄嗟の判断で助けたのだが、結果的に川に飛び込むよりも重症を負わせてしまった。
けれども、どうしてもしずくに度胸試しをさせたくなかった。何故ならしずくには、試す度胸など初めから無かったのだから。
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えりんぎ※息を吸う(プロフ) - そちゃさん» 今回は出すつもりのなかった波瀬兄弟まで首突っ込んできたので畑中と絢瀬妹の性格について色濃くピックアップされた回になりました。感想いつもありがとうございます。励みになります。 (8月5日 4時) (レス) @page49 id: 5e55bdde31 (このIDを非表示/違反報告)
そちゃ - まさかのしーちゃん回でこれでやっとみんな救われたのかなって...。しずくと修也くんの関係、歪んでて最高です。次回の修学旅行編楽しみにしてます! (8月5日 4時) (レス) @page49 id: 970cecf5ba (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:えりんぎ※息を吸う | 作成日時:2023年8月2日 23時