No.348 ページ43
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「アレアレ?恵林センパイまだですか?」
「へ?まだって何が?」
恵林はこくんと息を飲む。
「けいとの話では、二人きりになると強引に腕を引いて秘密の場所へ連れて行ってくれると聞きましたが…」
何か期待しているようだ。しずくはニタリと笑みを浮かべて恵林に詰め寄ると、その首裏に腕を回して顔を覗き込んできた。
恵林は必死に頭を回転させる。けいとの話とは一体なんのことだろうと思い出しているのだ。二人きりになった途端にどこかへ連れ出すなんて、恵林はそんなロマンチストではない。
「ズルいですよ〜けいとばかり可愛がって。ボクとも仲良くしてくださいよ、恵林センパァイ……」
どう見たって仲良くしたいと思っている顔ではない。どちらかというと血走った目つきで獲物を狙う猛獣のようだ。恵林は冷や汗を額に浮かべてすっかり恐ろしくなってしまった。あと少しでも近づけば喰われると確信した時「あ、あ、あー!」と、突然稲妻が脳内に走って記憶が蘇った。
「い、行こう!行きましょう!!」
けいとの話通り、恵林はしずくの腕を強引に掴んで家の鍵もかけることなくマンションの廊下を駆け出した。しずくは大層喜んだ様子できゃっきゃっとはしゃぎだす。
……どうやら、そう簡単に一日は終わってくれないみたいだ。延長戦のスタートを告げる笛の音が、どこからか聞こえたようなきがした。
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目的地は秘密基地のすぐ側にある橋だ。下には緩やかで広い川が流れていて、以前真夜中にけいとを連れ出して訪れたことがある。
きっとそのことを言っているのだろうと、恵林は思ったのだ。
「こ、ここなんだけど合ってるかな…」と、恐る恐る恵林は聞いた。もし間違ったら今度は本当に食い殺されてしまうかもしれない。
しずくは月夜の下に広がる青い田んぼを眺めた。夏休みが置いていってしまった忘れ物のようだ。まだまだ青く、艶やかに風に靡いている。
「…ボクは答えを知りません。が、ここは嫌いじゃありません。」
「そっか、よかった」と、胸を撫で下ろし、恵林は田んぼのあぜ道を進んでいった。しずくはおずおずとついていく。
「ここは私の大好きな場所。晩餐会と同じくらい、思い出の詰まった場所!」
パタパタと駆け出して夜の中へ飛び込むように行ってしまう恵林。「待ってください!」としずくは呼びかけた。
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えりんぎ※息を吸う(プロフ) - そちゃさん» 今回は出すつもりのなかった波瀬兄弟まで首突っ込んできたので畑中と絢瀬妹の性格について色濃くピックアップされた回になりました。感想いつもありがとうございます。励みになります。 (8月5日 4時) (レス) @page49 id: 5e55bdde31 (このIDを非表示/違反報告)
そちゃ - まさかのしーちゃん回でこれでやっとみんな救われたのかなって...。しずくと修也くんの関係、歪んでて最高です。次回の修学旅行編楽しみにしてます! (8月5日 4時) (レス) @page49 id: 970cecf5ba (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:えりんぎ※息を吸う | 作成日時:2023年8月2日 23時