No.307 ページ42
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「うわ!」と、突然中村が立ち止まった。和葉はよろけて「今度はなにー!」と思わず目を開ける。
ニャアと猫が鳴いて、二人の前を横切っていった。
「なーんだ猫か……って、痛っ」
ピリリと響く痛みを感じて、和葉は下駄から左足を抜いた。今までずっと騙し騙しやってきた靴擦れが、とうとう限界を迎えたのだ。親指と人差し指の間が赤くめくれている。「うぅ……」とその有様を見て、和葉はしょぼくれた。
「大丈夫?おんぶでもしようか。」
ケラケラと茶化す中村。
「い、いい!浴衣だし……」
中村は落ち込む和葉を見て少し微笑むと、「一番似合ってたよ、浴衣姿。」と立ち止まってしゃがみ込んだ。
和葉は顔が赤くなる前に「お、遅いっ!もう汗でびっしょりだよ!」といじけてみせる。けれど中村は「お待ちかねって感じ?」と更におかしく笑いだした。
その通りだと思ったのが悔しくて、和葉はずるい中村に心の中がバレないよう、唇を噛みしめる。そんな和葉の足元で、「はい、これあげる」とポロシャツの胸ポケットから絆創膏を取り出した中村。
「意外、こういうの持ち歩くんだ」と和葉は不思議そうにそれを見ていた。
「いや、今日だけだよ。足を痛めてる女の人に声かける口実になればいいな〜って」
「ええ、ナンパで使おうとしてたの?」
「ふふ、冗談。きっと誰か痛くなるだろうと思って持ってきただけ。」
この男が言うと冗談に聞こえない。じっとりとした眼差しを向ける和葉に、中村は「ホントだってば」と苦笑し、患部にそっと絆創膏を貼ってやった。夏だと言うのに酷く冷たい中村の手が、素足に触れる。
優しい。
和葉は「ありがとう」とお礼を言って歩き出した。不思議と恐怖心は薄れていき、代わりに切なさが残る。無言のまま迎えたゴール地点で、和葉は中村の腕に自分の腕を絡めた。
「ねえ、次に誰か来るまでこうしていていい?」
「これだけでいいの?」
クスクスと挑発的な笑みに動揺する和葉。
けれどしばらく考えて、こくりと頷いてみせた。
「…うん、これでいいの。彼氏が出来た時に、これ以上のことをするの。」
中村は静かに笑った。
「未来の彼氏がうらやましいな。」
汗ばんだ腕が絡まる。和葉は中村の白い腕を抱きしめながらじっとアスファルトを見つめ、「変なの」と呟いた。
心の中で何かがコロンと音を立て、無機質で冷たい床に転がった。
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そちゃ(プロフ) - おい氏橋!ついにやりやがったな...と、友達目線で読んでました。今回のお話はキャラのらしさ全開で読んでて楽しかったです。アインくん不穏でしたが彼ならきっと乗り越えられると願ってます....続き楽しみにしてます。 (2023年3月22日 21時) (レス) @page46 id: 970cecf5ba (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:えりんぎ※息を吸う | 作成日時:2023年3月15日 23時