No.275 ページ5
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「ぐぬぬ…そりゃ確かに私だって、目が覚めた時に誰かが待っててくれたんだって思える物があったら嬉しいけど…。でもなんて書けばいいのか分かんないし、葵、手紙とか嫌かもしれないし…」
ぶつくさと腕を組んで悩み耽る恵林を見守る里奈。そして優しく微笑むと、「いいなって思っただけだから、書くかどうかは恵林が決めるといいよ」と突然身を引くように付け加えた。
そのおかげで更に思案に拍車がかかる恵林。ぼりぼりと頭をかいて道の先へ飛び出すと、「うわあああ!」と叫びながら一人で河川ブロックを駆け下りていった。
珍しくその後をついて行かないアインに、里奈は不思議に思って視線を移す。
「いや、なんでもない!」と何か察したのか首を振って笑ったアインに、里奈は微笑みながら首を傾げた。
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その日の夜、恵林は珍しく勉強机に向かっては鉛筆を手に取ったまま唸り声を上げていた。
思い返せば、手紙なんて晩餐会の招待状でしか書いたことがない。あの時は必ず受け取ってくれるという確信があったため、桐ヶ谷の家のポストにもなんら躊躇なく投函できた。
言わば儀式であったからだ。
恵林には招待状を出す理由があった。それが晩餐会のルールだったから。しかし今回は別だ。手紙を書く明白な理由がない。そこに書かれるであろう文章は予め決められたものでもなんでもない、恵林自身の言葉なのだ。
「読むの、面倒かなあ。」
恵林はぽつりと呟いた。
百歩譲って手紙を書けたとして、桐ヶ谷が目を覚ました時にそれを嫌がったらどうしよう、という想像が止まらない。想像は想像でしかないが、彼の性格だ。面倒なことは嫌われる。
そもそもどうしてこんなに悩んでいるのだろうと考える。たかが手紙だ、お見舞の一環でしかない。面倒だと思われない長さの文章を綴ればいいものを、書こうと思えば思うほど、書きたいことが溢れてくる気がしてならない。
まだ一文字も書けていないのにため息をついた恵林は、窓の外から聞こえる夏の虫の歌に聞き入って、うっとりと、静かに目を閉じた。
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そちゃ(プロフ) - おい氏橋!ついにやりやがったな...と、友達目線で読んでました。今回のお話はキャラのらしさ全開で読んでて楽しかったです。アインくん不穏でしたが彼ならきっと乗り越えられると願ってます....続き楽しみにしてます。 (2023年3月22日 21時) (レス) @page46 id: 970cecf5ba (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:えりんぎ※息を吸う | 作成日時:2023年3月15日 23時