No.304 ページ37
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「あぁっ」とその弾みで氏橋の体が木の影からぽーんと零れた。
美江と木下の視線が一瞬氏橋に向く。木下はハッとして何かを察したように「美江のことが…」と先程より早口で話し始めた。
美江がもう一度氏橋を見た。
その僅かほんの少しの交わった視線が、氏橋の心臓がガシッと掴む。まるで美江に呼ばれているような気がした。変わるなら今しかないと、氏橋は瞬時に思った。
「______ちょっ待てッ!」
氏橋は勢いに任せて木下の告白に割り込んだ。
「やりぃ!」と喜ぶ中村と和葉。反対に周りの生徒たちは突然の展開に騒然とする。
「悪いがお前の言葉、最後まで言わせる訳にはいかない。」
「な、な!?」と木下が一歩後ずさる。彼は赤面状態で上手く物も言えなくなっていた。
「行くぞ、宮野」
氏橋は浴衣から伸びる美江の細い腕をしっかりと掴んだ。「は!?ちょっと!」と連れ去られていく美江の姿を呆然と眺める木下。わらわらと友人が駆けつけて、「追いかけないのか!?」「なんだよあいつ!」と木下の代わりに怒りを顕にしていた。
和葉は「ああ、行っちゃう!」と氏橋たちを追おうとしたが、中村がそれを止めた。
「二人きりにしてあげよう」
屋台の明かりが消えていく。次第に訪れる暗闇の先に、二人の影も消えていく。以前よりも少し大きくなったように見える氏橋の背中を見据えて、「うん、そうだね!」と和葉は強く頷いた。
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「ちょっと、どこまで行くつもりよ!」
ぼやぼやと、鼓膜が震えていて上手く聞こえない。逸る鼓動に合わせて足が動く。まだ先へ、もっと先へと進まずには居られない。
少し前の賑やかな夏祭りの雰囲気はぱたりと感じられなくなってしまった。屋台も暗く、音楽も止まってステージの照明も全て消えた。ここら一帯の街の街頭も、静かに光を失っていく。もし世界に一人きりになったなら、朝も夜も、きっとこんな景色なのだろうと氏橋は思った。
「痛いわ、足」
振り払われる腕。「す、すまん」と氏橋は慌てて振り返った。美江は下駄なのだ。道理で足の遅い氏橋が前を走っていられたわけだ。
立ち止まってみて氏橋は自分が、公園から少し離れた図書館に続く森林の道に来ていることに初めて気がついた。
…勢いで連れてきてしまったが、氏橋は少し後悔していた。美江は怒っている。先程から氏橋のことなど少しも見ずに足元ばかり気にしているのだ。
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そちゃ(プロフ) - おい氏橋!ついにやりやがったな...と、友達目線で読んでました。今回のお話はキャラのらしさ全開で読んでて楽しかったです。アインくん不穏でしたが彼ならきっと乗り越えられると願ってます....続き楽しみにしてます。 (2023年3月22日 21時) (レス) @page46 id: 970cecf5ba (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:えりんぎ※息を吸う | 作成日時:2023年3月15日 23時