No.192 ページ22
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「それは光栄だな〜」と邪魔くさそうに長い前髪を払った中村。
さらりと見えた真っ白な額にドキンと胸が鳴る和葉。
「あ、暑くないの?ここはクラクラしちゃう!」と和葉はセーラー服の胸元をぱたぱたして空気を入れる。意味ありげに、黙ったまま薄く笑ってこちらを見つめてくる中村に思わず視線を逸らした。
「暑い?あんまり汗かかないんだよね、俺」
ワイシャツの袖を捲っただけの中村。
確かに彼の半袖姿は見たことがない。
和葉は「そうなんだ、あたしは汗っかきだから羨ましい。」と小さく呟く。
「しーくん、いつもここで練習してるの?」
和葉は話題を変えようと、そして汗ばんだ肌を隠そうとして腕を後ろで組んだ。
「いいや、今日だけだよ〜」と答えながら中村はエアコンをつけた。
「そっか、残念!」
どうして?と、聞く代わりに中村は首を傾げて笑う。
「しーくんのピアノ、毎日聴けるなら、あたし毎日聴きたいなって!」
一つ一つの言葉が上手く出てこないことに和葉はもどかしい気分になった。
もっと上手に彼と喋りたい。しかし、相手が中村というだけでどうも上手くいかない。
そんな和葉の気持ちを見透かしたかのように中村はくすくすと笑って「可愛いね」と簡単に言ってのけた。
一体どこまでバレているのだろうか。
和葉が上手く伝えられない言葉も、全てちゃんと分かってくれているのかも。
「三城ちゃんの為なら、毎日でも弾けそうだな〜」
「またまたぁ!」と和葉は恥ずかしさで手を横に振る。
「そういえば、吹部には行かなくていいのっ?ピアノがいないとダメなんじゃない!?」
ようやく涼しくなってきて、和葉の元気も回復してきた。
代わりに中村の顔がかげり、「逃げてきたんだ」と暗い返事が返ってくる。
和葉は驚いて中村に顔を向けたが、中村はぺろっと舌を出していたずらに笑うだけだ。
「美江ちゃんがいるから……?」と和葉は少し遠慮がちに聞いた。
「…ん〜、まあ、そうだね。」
中村は他に答えようがなくそう返した。
自分でもどうしてあそこで楽譜を読み間違えたのか、そしてあの場を飛び出してきてしまったのか分からない。
しかし、美江の名前が出るとそれがストンと腑に落ちたような気がした。
「おかしいね、こんなことでヘコむような性格じゃないんだけど!」と中村は自虐的に笑い飛ばそうとした。
「なんだろうね、俺が悪いからさ…」
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作者名:えりんぎ※息を吸う | 作成日時:2022年4月14日 17時