第83話：思い込み ページ38
イースさんと最後に過ごした夜。帰り際、彼は彼女さんへ贈るはずだったドレスを手渡してくれた。大切な物だから、汚さないようにしないと。無事に彼の元へ返すまでは気を抜けない。
国家交流は2週間も続く。そこでは他国との貿易や協定の話もあるだろう。上司はお酒好きな人だから、晩餐会には頻繁に出席するはずだ。
周りに知り合いが複数居るとしても、緊張して今夜は眠れないかもしれない。そう不安にかられていたら、案の定目は冴えてしまった。
夜中の1時にバルコニーへ出る。空を見上げると、薄らと星が見えた。夏の生温い風が寝衣を揺らした時だった。隣から「お前も眠れないのか。」と声がしたのだ。
貴方「アーサー先輩…？」
アーサー「ここは星があまり見えないな。今回の国家交流を催す場所は、ここなんかよりもっと綺麗な星が拝めるはずだがな。」
貴方「そうですか。…先輩も眠れないんですか？」
アーサー「まぁな。ホスト国ともなりゃ、気を遣うことも多いし、不備があっちゃいけねぇからな。最終調整をして、息抜きにでてきたってわけだ。」
貴方「あまりご無理をなされないで下さいね。ホスト国なのですから、何かあってはいけません。」
アーサー「ああ。」
沈黙が続く。どうしよう、そう言えば生徒会に関する引き継ぎ以外ではあまり話したことがなかった。近くに居たようで、案外私は彼のことを何も知らないんだな。
アーサー「……ごめんな。」
貴方「え？」
沈黙を破ったのはアーサー先輩だった。身に覚えのない謝罪を受けて、暫しフリーズしてしまう。彼の横顔は申し訳ないという気持ちが表れるように眉が顰められていた。
貴方「あの、なんの事でしょう？謝られるような事は何も……。」
アーサー「今は…な。その時が来たらまた言う。じゃあな、身体を冷やさないうちに中に入れよ。」
貴方「先輩……？」
サッと部屋へ戻ってしまったアーサー先輩の背中を見ているしかなかった。イースさんの件もアーサー先輩の謝罪も、もしかして私の2年前以前の記憶と何か関係があるのだろうか。
2年前…W学園に編入する前の記憶として残っているのは、私が随分昔の人間であること。国を引き継いだこと。それから、暫くは本田先輩と一緒に居たこと。
それ以外のヒト達とは学園で初めて会ったと思い込んで来た。もしかして、その思い込みすら間違っているの…？
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作者名：暁兔 | 作者ホームページ：
作成日時：2023年5月13日 22時
