第80話：隣 ページ35
2人掛けのソファーに並んで座る。手のすぐ届くところにイースさんがいる。なぜだかドキドキしてしまう。
初めて会った時は冷たいヒトというイメージだった。今もそのイメージは彼を表すのに最適だと思う。ただ、ワルツをしている時の柔らかな笑みや、何かを考え込む横顔に、彼の内なる優しさを感じる時がある。
いつの間にか、彼と一緒に居ることが楽しくなった。練習の間、幾らか自分や彼の話をした。似ているところ、違うところ、お互いの周りにいるヒトのこと。彼といると話題が尽きない。
それも今日で終わりだと思うと、何故だかとても悲しくて、まだ終わって欲しくないと願ってしまうくらいには、彼の隣に居ることが当たり前になってしまった。
でも、それはいけないことだ。彼には彼女がいる。彼女さんは彼を覚えていないそうだ。私も2年以上前の記憶がない。
記憶が無いことで、恐ろしくなる時がある。自分が何者なのか、私の知らない私を知っている人がいるのではないか。私が大切に思っていた人が、悲しんではいないだろうか。
イースさんの彼女さんの記憶が早く戻ればいい。彼の隣でずっと一緒にいて笑ってくれる存在は、彼にとって不可欠だろう。
ああ……でも。
でもね、そうなってしまえば…。
貴方「私はまた……見てるだけ…。」
イース「ん……？どうしたの。」
貴方「え？あ、すみません。私何か言っていましたか…？」
イース「……顔色悪いんじゃない。今日は早く帰る？」
貴方「い、いえ。大丈夫です。明後日には渡航しますし、今日はイースさんと…。」
アナタと過ごせる最後の日なんだから…。
そんなこと、口が裂けても言えない。
言ってはいけないんだ。
イース「そんなに気を張らなくていいよ。今日は特にレッスンするつもりもなかったし。」
貴方「え？」
イース「お前との練習、今日で最後だからさ。本番前には、スポーツ選手だって何だって休まないとでしょ？お前とゆっくり過ごしたくて呼んだんだから。」
まさか、そんな事を言われるなんて…。じんわりと頬が熱くなってくる。本来、彼に優しい言葉をかけて貰えるのは彼女さんのはずなのに。
嬉しさと罪悪感が入り交じって、複雑な気分だ。
イース「せっかくだから、何か話そうか。何がいい？お前の聞きたい話してあげるよ。」
貴方「……じゃあ、イースさんが愛している人の話をして下さい。」
イース「良いよ。あの出会いは…今思えば本当に偶然だったな。」
イースさんが目を伏せた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 96人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：暁兔 | 作者ホームページ：
作成日時：2023年5月13日 22時
