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ボートが係留された乗り場の近くで、慣れないオールの動かし方をしばらく練習してから、俺たちはゆっくりと池の中ほどに向かって漕ぎ出した。
「実羽だったか？」
「真衣でいいって言ったじゃないですか」
「いや、そう言われてもな・・・」
待ち時間中に、お互いの自己紹介は済ませていた。
彼女の名は、実羽 真衣。
どこか不思議な響きのする名前を確認のために俺が口にすると、彼女は擽ったそうに笑ったのだった。
貸しボートに並ぶ男女二人が初対面の挨拶をしているのに、奇異の視線を感じたのは確かだ。
それでもカップルのように見えているのだろうし、実際のところカップルだというのはあながち間違いでもない。
確かに、彼女と俺は付き合っているのだ。
付き合い始めたのは行列に並び始めるちょっと前のことだし、このボートから降りたら別れることになるらしいのだけれども。
「やっぱり、出会ってすぐの同年代の女性を、下の名前で呼ぶのは抵抗がある」
「私もそちらを名前で呼べば、おあいこってことになりませんか？」
名案を思いついてしまったとばかり、彼女は楽しげな表情で「そうですね・・・いっそのこと『しょーくん』とか」と続ける。
他意はないのだろうが、他人との距離の取り方が変わっているというか、警戒心の薄い人のようだ。
確かにカップルとしては、彼女の言うようにした方が自然なのかもしれないが・・・他の誰かに聞かれているわけでもないし、そこまで拘らなくても良いだろう。
動揺を苦笑いで誤魔化しつつ、俺は正直に言う。
「それは、気恥ずかしいからやめてほしい」
「・・・そう思われるのでしたら、お互い苗字呼びでも構いませんよ、轟くん」
素っ気なさを感じる物言いだったけれど、彼女の表情はやはり穏やかなまま。
「それで、実羽」
その反応に少し躊躇ったものの、結局、俺は彼女をそう呼んで話を戻した。
「『カップルがボートに乗る』と言うの、だいたいどれくらい乗れば良いんだ？」
「そうですね・・・」
彼女はほっそりとした指先で顎を当て、首を小さく傾げながら検討の姿勢に入る。
「・・・この公園の貸しボートには三種類ありますよね。
おそらく、このジンクスで『カップルがボートに乗る』という場合の『ボート』は、手漕ぎボートのことだと思うんです」
「なるほど、それが妥当だな」
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作者名：ゆん | 作成日時：2018年7月20日 22時
