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全身の痛みを堪え、帰宅すると、其処には更なる地獄が待っていた。


「た、ただいま…」


私が恐る恐る下宿の扉を開ければ、まだ部屋には誰もいないようだった。ホッと一息吐いて部屋の中に踏み込んだら、バンという大きな音が後ろでした。それと扉の鍵が閉まる音がした。

戦慄き戦慄き、振り返ると扉の前には見慣れた砂色の外套を着た兄が立っていた。


「治…」


暗がりで彼の表情が窺い知れない。もう一度名前を呼んで見ようか、とそう思った時には行動を起こされていた。


「…な、」


どうやって捉えたのだろう、治は私の腕を掴むと、強く引っ張った。それを強引に振り解くような事はしない。というより、男と較べた女の腕力なんてたかが知れているから振り解こうにも振りほどけない。


私は舌で彼を止める事にした。「ね、ねえ治ったら!」


しかしそれで止まる事はなく、彼はそのまま寝室へと踏み込んだ。その間、ずっと喋らなかった事が殊更、私を恐ろしくさせた。


「…痛ッ!」畳の上に敷きっぱなしだった布団の上に投げやられ、その衝撃で全身の痣が悲鳴を上げた。

顔の右隣に治のしなやかで骨張った掌が立つ。


私は其処で初めて治の顔を見た。ヒッ、と喉から小さな悲鳴が上がる。
顔にいつもの笑みはなかった。唯々昏い、虚ろな瞳。否違う。恐怖やら怒りやらが入り混じって混沌とした“黒”色だった。

黒を塗り潰す黒。彼がマフィアの幹部として座していた時、人々に見せていた瞳だった。


「お、治?ねえ、」「折檻の前に弁明を許可するよ、A」


折檻て…私は言い訳らしい言い訳が思いつかなかった。

何せ言いつけを破ったのは私の方だから。


「…何も、ないわ」

「…だろうね。君の事だから、警戒が緩んだところで誘拐を許されるなんて筋書き、確率としてはあると思っていたもの。
…何で私がこんな乱暴を働くのか、わかるかい?」


私は勇敢にも愚かにも、首を横に振った。


「…私達の第二の母親は君を守る為に命を賭して戦ったそうじゃないか。それだけじゃない。探偵社や…認めたくないが安吾だって君が命の危機に晒されたとならば何時だって我が身を省みず動くだろうね。
私も君を守る為だというなら人の道理を踏み違えてもいいと思っている。

だのに君ときたら皆が皆、自分の安全の為に勝手に心配していれば良い!とさえ思ってる。本人は好きな所へ出かけてその結果どうなるかなど、お構い無しというわけだ」


私は思わず閉口した。

伍→←参



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有原霊花(プロフ) - とある病、等の表現は出来ないのでしょうか?後からターナーの症状が物語に影響するのなら納得いきますが… (2019年8月5日 7時) (レス) id: 70a887fc81 (このIDを非表示/違反報告)
サラ(プロフ) - 有原霊花さん» 大変失礼いたしました。しかしこれはキャラクターの設定の一つである事を理解していただきたく思っております。 (2019年8月5日 3時) (レス) id: 4e09bde857 (このIDを非表示/違反報告)
有原霊花(プロフ) - 私はターナーにかかっているものです。そう易々と病名をネタに使われるのは不快なので、やめてほしいです。 (2019年8月5日 0時) (レス) id: 5869a0a1cd (このIDを非表示/違反報告)
由紀(プロフ) - 雪菓さん» すみません、いきなりなんですけど黒の時代の太宰さんのタイプの女性が「何も聞かない女性」とwiki先生が言っていたんですけど、もしかしてそれを意識して書いているんですか? (2017年11月23日 21時) (レス) id: d1693c1caf (このIDを非表示/違反報告)
雪菓(プロフ) - サラさん» わわわ、続編あったのですね、、、!!早とちりしてしまいました笑続編も楽しみにしています!! (2017年7月31日 15時) (レス) id: a8c1e7bbe3 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:サラ | 作成日時:2017年7月27日 17時

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