散らばる星はその地で輝く -9-【短編集】

嘗ての自分へ、聞こえていますか？【璃月】 ページ30

『なぁ俺よ。お前は今幸せか？』

其奴はニコリと微笑んで、俺の前に座っていた。
黄金の太陽が輝く仙境は黄金の花畑を抱えて広がっていく。吹き荒れる風に岩の花弁が舞い上げられる中、白いフードから漏れた黒茶の髪が揺れていた。

『お前は今幸せか？俺よ』

フォルファクス。嘗て岩の神の眷属として、友として、槍として戦った高貴なる神よ。俺の心はお前のように満ちてはいないだろう。

『…さぁな。俺にもよく分からない』

摩耗により記憶は流れ落ちていく。こうしている今も頭の隅から記憶が消えていく。
精神は擦り減り、自我は蕩けていく。果たしてこれは幸せと呼べるのだろうか？

嘗ての友の顔も、思い出も、俺には無い。目の前の神が俺の代わりに外へと出た方がきっと喜ばれるだろう。
自由な空を舞う炎の岩龍こそ、彼奴の隣に相応しい。俺のような欠陥品など、本来隣に居ていいものではないのだ。

だが、

『…それでも、契約してしまったからな』

彼奴は俺がいいと言ってくれた。俺こそが隣に相応しいと、手を差し伸べてくれた。
記憶は無い。いつか顔すら忘れ、恩を忘れ、自我を喪って狂い果てる運命にあるにも関わらず、鍾離は俺を選び取った。

新たな璃月の地は新鮮で寂しさと懐かしさを覚えた。発展した都市は眩く、新たに芽吹く生命は活気に溢れていた。
その中で掴み取った砂の一粒一粒。それが悔しくも愛おしく、大切になっていた。


"あっ、劉斗先生！"


知っているか？フォルファクス。今の俺には人間の友が居るんだ。
喧しい犬のような奴だが、中々骨がある。それに俺の炎熱にも耐える程の頑丈さもあるんだ。


"劉斗"


……そして。

『鍾離と共に居られるなら、どのような世界であろうとも幸せだ』

俺達は生まれた時から一緒で、ずっと共に居たというのだから。
笑ってやれば、フォルファクスは満足そうに頷いた。

『そうか』

一言。それだけ言って奴は消えた。何処か寂しそうに微笑んで。
忘れられし神、フォルファクス。歴史の波に消えて埋もれていく様は、まるで人の記憶に消されていくようだ。

『案ずるな友よ。お前の名はまた姿を変え、この世界に刻まれていく』

フォルファクスではなく、劉斗として。神ではなくただの人間として、この世界に刻まれていくだろう。


輝かしい仙境を後にする。俺の背中を押すように、黄金の花弁を攫った風が優しく吹き付けた。

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