昏い深淵を照らす鷹よ《2》

第四幕 -アカツキワイナリー- ページ10

フラッドside

この姿になって後悔した事は何度もある。それ以上に、この姿は多くの出会いと経験を与えてくれた。

『確かに僕には記憶が無い。仲間からは"出来損ない"と罵られ、殺されかけた事もある。それから死ぬのが怖くなって、ずっと逃げ続けていた』

君の炎が怖かった。この体には今でも君に焼かれた傷跡が残っている。
それを見る度に、君から与えられた死の恐怖を思い出して、呼吸の仕方すら忘れる程に竦んでしまっていた。

『でも今は、大切なものを守る為に戦いたいと思えるようになったんだ』

確かに僕は出来損ないかもしれない。でもそれを理由にして、大切な人達を見殺しにしたくない。
死ぬのは怖い。でもそれ以上に、大切な人が目の前で死んでいく方がよっぽど怖いと知ったんだ。

『僕は自分も周りの人も助けたい。その為なら、どれだけ痛く苦しい思いをしても構わない。……そのぐらい心も体も、強くなりたいんだ』

出来そうにない我儘だと、思うだろうか？

「…自分にも恐怖にも負けたくない、か……」

彼は一度だけ深く頷いた。

「いい心がけだ。なら僕も協力させてもらおう」

…え……。協力してくれるのか……？

「仕事の合間になってしまうけど、時間がある時に僕と訓練をしよう。単純な戦闘技術であれば教えられるからね」
『で、でもディルックの負担が……っ』
「僕の事は心配しなくていい」

彼は柔らかな笑みを浮かべる。そして僕に向かって手を差し伸べてきた。

「僕は君の力になりたいんだ。君の為なら時間なんて安いものだよ」

……ディルック……。

『…ありがとう』

僕はその手を取った。しっかりと交わされた握手の先には、満足げに笑うディルックが見えた。

「今日はもう休むといい。沢山歩いて疲れただろう？」
『あぁ。お言葉に甘えて休ませてもらうとしよう。…そうだ。僕の仕事は明日からだったね。何時に起きればいいかな？』
「6時に起きてくれればいい。僕もその時間に起きるから、その時にやってもらいたい事をお願いするよ」
『分かった。楽しみにしてる』

そうと決まれば早く寝ないとな。明日に備えておかないとしっかり動けないだろうし…。

『おやすみディルック。また明日』
「あぁ、また明日話そう。おやすみ、フラッド」

うん、また明日。次はもう少し明るい話をしよう。
沢山あるんだ。君に話したい事がまだまだ沢山。

『(……楽しみだな)』

ちょっとだけ、この場の空気も良いなと思えるようになったかな。

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