昏い深淵を照らす鷹よ《2》

第六幕 -決意の明星- ページ42

フラッドside

……とは言ったものの……。

『不安ではある、よな……』

机に乗った日記を前にしながら、羽ペンを手に溜息を一つ吐き出した。

あの後旅人達と"僕が寝込んでいる間何をしていたのか"や、"彼らが依頼に奔走している間僕は何をしていたのか"など、お互いの近況を交換しあって別れた。
夕暮れから夜に差し掛かったモンドは鮮やかな色彩を残す空に覆われる。夕食と風呂を済ませてしまえば、グラデーションを宿した空は紺色のカーテンへと変化していた。

『ディルックや旅人達は良いとして……知らない人を前に、どれだけ話せるか……だよな……』

正直に言おう。物凄く自信が無い。
以前の僕と比べれば確かに人馴れはしたと思う。ワイナリーの人達ともすっかり仲良くなれたし、もうディルックも怖くなくなった。
でも全く知らない人を相手にするのは別だ。しかも毎日顔を合わせる相手じゃない。その日ごとに知らない人がどんどん入ってくるんだ。

無理だ。いっその事"無理だ、出来ない"と言えば良かった。そんなマイナスな気持ちばかりが浮かんでは沈んでいく。

『……はぁ……』

でも折角ディルックが僕に"任せたい"と言ってくれた仕事なんだ。それに僕自身ももっと人との交流を増やすべきだと思っている。だから、逃げたくなかった。

『(そうだ、逃げたくない。立派な男になるってドラドと約束したんだ)』

僕を救ってくれた人への恩返しは、無事に成長した姿を見せる事だと思うんだ。
それこそが最大の恩返し。物や言葉とは違う、でも確かな喜びを与えられる最高のプレゼントだろう。

『……よし』

大丈夫。僕なら出来る。僕にはディルックも、旅人も、パイモンも、皆がついているのだから。

今日の出来事を書き綴っていく。忘れっぽい僕がうっかり忘れないように。
こんな事をした、あんな事があった、そんな事を思った。細かに綴られていく言葉は、僕の旅の軌跡とも呼べるだろう。

これは僕の宝物だ。皆と経験した事が沢山詰め込まれた、たった一つだけの宝物。

『こんなものかな』

トン、とペンを置いてページを閉じる。日記を引き出しに仕舞って、明日着る服などを用意してからベッドに潜り、近くにあるランプの灯りを消した。

真っ暗な室内には時計の音しかない。チク、タク、と鳴り続ける秒針は、ゆっくりと確実に明日へ歩いていく。
少しの不安と期待を胸に、明日も頑張ろうと自分に言い聞かせて目を瞑った。

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