昏い深淵を照らす鷹よ《2》

第六幕 -決意の明星- ページ36

ディルックside

フラッドはあの夜、ヒルチャールの暴徒が持つ斧で脇腹を強打され、骨諸共肉が崩れ落ちる寸前まで叩き潰されていた。
僕が駆けつけたのは偶然だった。旅人とパイモンの三人で出来る限りの処置を施してワイナリーに運び、その後は彼の部屋でしっかりと治療をして寝かせていた。

何日も目を覚まさなかった。気が気じゃなくて、仕事の合間であろうとも彼の様子を見に行っていた。そして、

『……』

彼が目を覚ました。

「……フラッド」
『……』

彼は応えてくれない。開かれた目は虚ろで、真っ赤な色をしていた。

『………此処は…』
「君の部屋だよ。具合はどうだい…？」
『……』

様子がおかしい。ぼんやりしたまま、彼は天井を見つめていた。

『…夢を、見たんだ……。とても怖くて、幸せで……』

声は曖昧だった。僕じゃない誰かに向けて話しているようだった。
彼が、別人のように見えた。僕の知らない、全く別の人のように思えた。

『真っ赤な鷹が、居たんだ……。強くて、頼もしくて、怖くて……お前にも、見せて＿＿』


言葉は途切れる。彼の身を強く抱き締めると、まだ少しだけ冷たかった。

「フラッド」

聞こえるかい？フラッド。聞こえているなら、僕の声に応えて。

「戻るんだ、フラッド……っ」

お願いだ。これ以上、僕の目の前で大切な人が居なくなるのは嫌なんだ。だから……っ。


『＿＿＿＿＿ディ、ルック？』


彼が名前を呼ぶ。身を離して彼の顔を見ると、ぼんやりとはしているものの、綺麗な紺色の瞳が僕を見つめていた。

「……フラッド」
『……此処は…？どうして、僕……』


「良かった」


良かった。本当に、良かった……っ。

「君が無事で、本当に……っ。本当に、良かった……っ！」

さっきはとても怖かった。彼が何処かに行ってしまいそうで。
あの時はとても怖かった。彼が死んでしまいそうで。
とても怖かったんだ。また僕は一人になるのかと思って。それ以上に、君を失う事が物凄く怖くて、辛くて、悲しくて。

『……ごめん』

彼の指先が僕の目元に触れる。彼の指に触れたのは、僕の目から溢れた大粒の涙の雨。

『心配させたね。本当にすまなかった』
「……っ、ふ、ぅう……っ」

嗚呼、どうしよう。今とても良かったと安心している。
自分の事でさえ時にはどうでも良くなるのに、彼の事になると感情が溢れて止まらない。


こんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。

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