参拾弐:二人だけの対話 ページ33
実side
三人と別れて自分の部屋に入る。
真っ白な机の上にガスマスクを置き、シャワーを浴びに向かう。今日はいつにも増して疲れた…気がする。
『…』
キュッと蛇口を捻ると、シャワーから熱いお湯が降り注ぐ。
俯いてぼんやりと頭からお湯を被っていると、自分の体に目が行った。
『…コイツ筋肉ヤバイな…』
今の俺は虎杖の身体だ。もう一人の虎杖と言ってもいい。
コトリバコの擬態能力は細胞レベルで精巧に真似するから、本物と全く同じ呪力、肉体に変化できる。つまり今の俺の身体は、実質虎杖の身体みたいなもんだ。
『この筋肉とタフさか。そりゃ強いわけだ』
あの時、アイツは俺を助ける為に自分の耳を犠牲にして助けてくれた。
普通ならあの音波の中で手を離そうなんて馬鹿な真似はしない。アイツは頑丈さだけじゃなく、心の方も強いんだなと思う。
『……』
強くならないといけない。新しく出来た仲間の為にも、もうあんな事を繰り返したくは無い。
シャワーを止めて髪と体を洗い、湯船に浸かる。
温かなお湯が体から疲れを取り払ってくれる。思わず小さく息を吐くと、不意に頭の中に声が響いた。
【大丈夫か?】
いつも襖の向こうから聞こえていた、俺の声だ。
『問題無い。お前達も疲れただろ、ゆっくり休め』
【俺達は大丈夫だ。でもお前はそうじゃないだろ。慣れない俺達の術式を使って、疲れてる筈だ】
『…まぁ、ちょっとだけな』
慣れない術式は呪力を多く使う。咄嗟の事だったとはいえ複製に反転術式と結構呪力を使ったから、正直に言うとそれなりに疲労も溜まっていた。
【俺達はお前のその指輪の縛りで外に出れない。でもお前と一つになれば、俺達はお前の力になれる】
『……一つ、ね』
右手の薬指に嵌る指輪を見て、静かに呟く。
少しだけゆっくりと息を吐いた後、水が滴って鬱陶しい髪を掻き上げた。
『術式が完全に使えるようになれば、確かに強くなれる。でもそうしたら俺は、コトリバコの呪霊として覚醒することになる。その時に我を忘れて暴走なんてしたくない。だから、まだ駄目だ』
今の俺じゃ、お前らがいくら良い奴らでも術式という力に呑まれる。
【そうか……】
『悪ぃな。お前達の気持ちは痛いほど伝わってる。だから、ヤバくなったら任せた』
【あぁ、俺達はお前の味方だからな。必ず守るさ】
ぷつっと声が消える。俺は肩まで湯に浸かると、深く溜息をついた。
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作者名:九龍 -くーろん- | 作成日時:2021年1月12日 16時