弐拾伍:面と向かって話す ページ26
虎杖side
視界が真っ暗になった。
全身が氷に覆われたように冷たい。あんなに痛かった耳が、頭が、今はとても静かで痛みすら感じなかった。
「(何だ、これ…)」
何も感じない。ただ、とても心地がいい。
視界が少ずつ明るくなっていく。目の前に見えたのはあの呪霊だ。榎森の姿は無い。
「…榎森?」
まさか…間に合わなかった…?
そう思ったけど、すぐに違うと感じた。パタタッと俺の顔に黒い液体が落ちたからだ。
俺は黒い人型の泥に体を支えられていた。俺を包むようにして抱き込むその泥の塊に、目の前の呪霊は怯えたように怯んでいた。
俺の肩に添えられた泥が色づき、人の指に変化していく。変化の波は指先だけで止まらず、そのまま腕を作り出し、肩、胸元と広がっていく。
見上げる先に存在する、顔のような泥の塊に視線を向ける。するとそれは波打ちながらゆっくりと俺の方を見た。
顎から頭に向かって泥の波が進み、顔が作られていく。そして全身が人に変質し終えると、そこには俺の顔が見えた。
そっと腕の中から解放され、もう一人の俺が立ち上がる。
足元から黒い泥がボコボコと音を立てて広がると、中から赤い柄の刀が出てきた。
「お前…」
榎森なのか?
質問したかった。でもソイツは背中を向けたまま、黙って目の前の呪霊に対して抜刀の構えを取る。
呪霊は相変わらず音波を出している。強力な音波の中、俺はただ呆然と目の前の背中を見ていた。
『煩いな』
俺と同じ声が口から零れる。俺の声なのに、とても静かで凛としていた。
呪霊は攻撃の気配を察知し、音波を強めながら両腕を鎌のような形状へと変化させる。威嚇するように威力を強める音波の中、俺は確かに見た。
揺れる髪の隙間から覗く、紫色の瞳を。
時間すら止まるような静けさの中、鞘から抜き払われた刃がふわりと舞った。
呪霊とソイツの間を斬るようにして横に払われた刀が、鞘に仕舞われる。刃が鞘の中に吸い込まれるのと同時に、呪霊の首にはゆっくりと赤い線が引かれていく。
カチンッと、軽やかな音が響き渡った瞬間、呪霊の胴体から首が転がり落ちた。
地面に転がった呪霊の首が消滅していく。俺は安堵から体中の力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「(倒したのか…?)」
未だに実感が持てない。半ば頭が回らない俺に、もう一人の俺は振り返ると柔らかな笑みを浮かべた。
『無事か?虎杖』
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作者名:九龍 -くーろん- | 作成日時:2021年1月12日 16時