長年の思いを払拭する為に ページ45
志賀side
今更何を言い出すのか。最初に見えた光の強さを、貴方は知っているのか。
「"この子、僕の部下にするよ"」
楽しげに弾む貴方の声が、初めて聞いた音だった。貴方のその真っ黒な装いが、初めて見た景色だった。
貴方への想いこそ、初めての感情だった。
『……今更何を云うのかと思えば…』
頬を撫でる指先は冷たかった。
噛んだ唇の痛みがじんじんと染み渡る。振り払いたくても、この冷たい温度が懐かしく、小生の胸を温めた。
『……太宰さん』
「何？」
『小生のこの生命は、貴方の為に燃やすべきだと最初からそう思っていた。でも貴方はもう、小生の前には居ない』
如何すれば善い？一生をかけて尽くすと誓った者が自身を裏切り敵対する。その裏切りに対して燃やしたこの憎悪の念も、この手一つで鎮められてしまう。
如何すれば善い？この行き場の無い感情は、如何すれば消え去る？
『……俺は、如何すれば善いんですか……っ』
この数年、貴方を殺す為だけに生きてきた。貴方を殺せば、貴方はずっと俺の元に居てくれるから。
「…さぁね。答えは自分で見つけるものだ」
あの人はそう云って微笑む。青白い顔に浮かぶ微笑が、小さく言葉を続けた。
「君は私の自慢の部下なんだから、屹度答えが出る……、っ…」
身体がぐらつく。あの人は冷や汗を流し、その場に数度咳き込んだ。
咳と共に吐き出された血が床に点々と痕を作る。
『太宰さっ』
続けた言葉は爆発音によって掻き消された。
壁を突き破って侵入した煙幕の中、真っ白な人影が小生に向かって飛んで来る。
「はぁあっ！！」
『っ！』
鋭い爪を持つ巨大な両腕が小生の肩を掴み、そのまま床に叩きつける。
鈍い衝撃を後頭部に受け、軽く意識が途切れる。この、白銀の毛並み……っ、人虎か…っ！！
「太宰さんっ！確りして下さいっ！！」
「太宰っ！！」
入口の方から国木田と女医の姿も見えてくる。……そうか、別宅の方にも人員を割いていたか…っ。
『…流石、太宰さんだ』
素直に出向けば、小生は貴方に夢中になる。その隙に別宅に捕らえている国木田を他の社員に救出させる…か。
貴方も随分と仲間想いになったものだ。
「大人しくするんだ」
『……』
食い込む爪が肩の骨を軋ませる。倒れるあの人を介抱する二人の姿が横目で見え、少しだけ安堵した。
『……完敗だ』
嗚呼もう、何もかも思い通りに行かない人だ。
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作者名：九龍 -くーろん- | 作成日時：2023年1月10日 1時
