相容れないと思っていたが ページ38
志賀side
すっかり夜も更けた暗い廊下を歩き、重厚な木製の扉を開ける。
自室に入り血の付いた長外套を椅子に乱雑に放り投げて一息つくと、キィとドアが軋む音がした。
『如何した。数週間経とうと敵地では眠れないか?』
振り返って声をかければ、青朽葉色のような瞳と目が合う。長いくすんだ黄色の髪が夜風に吹かれて靡く中、ドアの前に立った其奴は小さく溜息をついた。
「随分と不用心だと思っただけだ。…お前の異能を考えれば、この程度用心する事でも無いのだろうが」
『まぁそうだなぁ。…そう云う御前も、鍵すら掛けていない屋敷からよく逃げ出さずに居るな?国木田』
小生の言葉に国木田は目を細めた。そう、此処は小生の所有する別荘の屋敷だ。
横浜の港を一望できる街並みから少し離れた所に点在するこの館は、普段は小生の寛ぎの場として使用している。
薔薇の咲き乱れる庭に西洋風の白い館は映えるのでな、気に入っているのだ。
「…皆は無事だろうな」
『無論、御前との約束だからな。殺しはしていない』
「……」
黙るか、それもそうだろう。小生と一度戦ったからこそ、この者は小生の危険度を理解している。
この男を連れ去ったのはあの廃墟での一件の時だ。国木田独歩と云う男の立場は役に立つと踏んで攫い、影から得た情報を元に姿を模倣して紛れ込んだ。
勿論見た目だけの紛い物であり、あの男に触れられれば消えてしまうものだ。細心の注意を払いながらの生活だったが…おかげで収穫もあった。
『探偵社員の無事を保証する代わりに、小生を名探偵に会わせる…。確りと約束は守った。流石は探偵社と云うべきだな。あの男は小生の正体を見抜いた上で情報を寄越してきたぞ』
譲り受けた茶封筒を見せると、国木田はほっと胸を撫で下ろした。
が、背後にある長外套に気づいたのだろう。付着した血を見て顔を顰めた。
「…その血は何だ」
『別件だ。探偵社に関わりの無い仕事も勿論引き受けているのでな。今日はそちらの方で骨が折れる思いをした』
まぁ嘘なのだが。あの記者と偽る女の血だったが、拭っておくべきだったな。
『それより今日も御前の知る太宰治について話せ。夜は未だ長い、眠れそうにないのでな』
積もる話はたくさんある。長い夜が終わるその時まで、小生に話し聞かせろ。
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作者名:九龍 -くーろん- | 作成日時:2023年1月10日 1時