もう一人の ページ28
中島side
静かな時間が流れる。押さえつける僕の体に柔らかな風が当たる中、その人は小さく笑っていた。
『初めてだ。真逆このように捕えられるとは、実に新鮮な経験だな』
静かに笑う志賀のマフラーがするりと解ける。顕になった顔を見た瞬間、僕は心臓がどくりと跳ねた。
「……太宰さん…？」
似ている。いや、似てるなんて話じゃない。同一人物なんじゃないかと疑う程、彼の顔は太宰さんの物だった。
目や髪の色も髪型も違うし、何時もマフラーで口元を隠していたから気づかなかった。
『その名を口に出すな、殺すぞ』
低い声が殺意を乗せて僕にぶつかる。その殺気に手に込めた力が緩みそうになったけれど、怖いからこそぐっと力を込め直した。
「…お前をこのまま軍警に引き渡す。少しでも動いたらもっと痛い目に遭うぞ」
『ふん、マフィアを探偵社の小僧が脅すか。手足の1、2本はくれてやっても善いが……案ずるな。この状況で足掻きはしない』
…嘘はついていない。先刻の殺意も無い。本当に大人しくしているようだ。
「敦君…！」
谷崎さんが僕を呼ぶ声が聞こえる。それと同時にドアの方から無数の足音が聞こえて、軍警の人達が部屋の中に入ってきた。
「ご苦労様です。その男の身柄は此方で預かります」
「あ、はい！お願いします！」
大丈夫だろうか、そう思った。
でも何故だろう……志賀からは抵抗する意思が全く感じない。寧ろこの状況を楽しんでいるみたいだ。
彼の身柄を渡し、谷崎さんの隣に戻る。手錠を嵌められた志賀は興味深そうに手錠を眺めた。
『ほぅ、初めて付けられたな』
「さっさと歩け…！」
『せっかちな奴め。あまり怒ると禿げるぞ？』
「何を」
ヒュンッと風を切る音がした。途端に志賀に言い返そうとした軍警の人の首が落ちる。
突然の事に身構える僕達と銃口を向ける他の警官を相手に、志賀はクスクスと笑った。
『すまない、手が滑った』
「貴様…！」
『そして済まんな。仕事の時間故、身代わりは此処で退散するぞ』
身代わり……！？
彼の姿が黒く染まる。ドロリと溶ける彼は、最後に優しい笑みを浮かべた。
『また会おう。その時は御前達を殺す、必ずだ』
トプンッと影の中に消えてしまった彼は、その場に手錠を残して掻き消えてしまった。
分身……！？じゃあ、本体は別に居るのか…！？
「っ、くそ………っ！」
逃げられた…………っ！
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作者名：九龍 -くーろん- | 作成日時：2023年1月10日 1時
