優しいからこそ見送ろう ページ12
志賀side
「金は?」
「勿論此処に…!」
此処は2階の左通路にある一番奥の部屋だ。拠点のある1階から場所を移したのは、地下室の存在を悟られぬようにする為だろう。
彼処がバレでもしたら、薬狂いによる盗難が相次ぎそうだ。
「早く娘さんに渡してやりな。病気、治るように願ってるぜ」
ポンと客の肩を叩く売人の笑顔ときたら…いやぁ笑えるものだ。
その売り渡した薬の所為で客の娘はイカれたのだろう。それを病気呼ばわりして平然と接するとは…詐欺師の鑑だな。
貧相な格好の客の男は、大切そうに薬の包みをポケットに仕舞い込みその場を後にする。
残された売人は懐から葉巻を取り出すと、呆れた笑みを浮かべながら火を付けた。
「たくっ、健気で扱いやすいぜ。娘が死んだら次は彼奴を薬漬けにしてやらぁ」
『意地汚い男だ。大方保険金目当てだろうが、あの手の人間の貯蓄は雀の涙より少ないぞ』
「っ!?誰だ!?」
小生が声をかけるだけで売人は取り乱す。その男の後ろで姿を現してやると、振り返った売人は小生を見つけるなり直ぐさま拳銃を懐から取り出して構えた。
長年薬を売るだけはある、慣れた動作だ。
「お前、何処のモンだ…!?何処から入って来た!?」
『そんな事は如何でも善いではないか。それよりも、少し声が大きいのではないか?』
「な、何だ…と……」
気づいたか?小生が手にするマイクに。
此処に来る前、後を尾けている間に放送室から放送用のマイクを拝借してきた。
此処は元社宅、社員達の起床時間等を伝達する為の放送器具が沢山積まれている。後は放送箇所を設定し、電気さえ通してやれば……
「今の会話は何ですか…!?」
そぅら、まんまと釣れた。
先程この部屋を去った客の男が青い顔で戻って来る。小生が薄く笑む中、男は売人に話の詳細を聞く為詰め寄っていった。
「違う…!今のは此奴に…っ」
『小生は何も問答はしていない。唯その者の愚痴を流しただけだ。だが案ずるな、その薬は小生が頂こう。御前達二人も安心して、この場を去ると善い』
小生は寛大だ。何も心配するな、娘も後から送ってやろう。
夜の帳が下りる。日の差し込まぬ暗い部屋の中、二人の男は小生に縋るように喚き、懇願した。だが駄目だ。
『善き旅路になる事を願うぞ』
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作者名:九龍 -くーろん- | 作成日時:2023年1月10日 1時