片恋のプレリュード【あんスタ・短編集】

纏うヴェール/紫之創 ページ19

軽やかな足取りで屋上までの階段を駆け上がる。扉を開けるや否や、柔らかな太陽の光と花の清潔な香りが私を優しく包み込んだ。


「──あ」


風に乗って運ばれてきたのは、機嫌良く口ずさまれる控えめだけど可憐な乙女のような歌声。思わず聴き惚れて立ち尽くしてしまったが、声の主はこちらに気付いてはいないようだ。
シーツを干している彼にそろりと足を忍ばせて近づく。


「紫ー之くん！」

「ふぇ？ ⋯⋯あ、わわっ！」

「わ、ごめん！ 大丈夫！？」


洗濯物を壁にしてひょこっと顔を出して声をかけると、私が想像していた以上に驚いた紫之くんは足元を滑らせてしまった。しかもその拍子に干している真っ最中だったシーツを掴んでしまい、床に着地。シーツのおかげで怪我は免れたが、白い布は汚れてしまった。

「ごめんね、私が驚かそうとしたから⋯⋯洗い直してくるよ！」

「い、いえ！ これはぼくがとろいせいなので、Aさんが気にすることではないです⋯⋯！」

白い布を頭に被ったまま、がばりと私を見上げて弁明する紫之くん。私はとりあえず彼からシーツを剥がそうと屈み、目線を合わせた。


「なんかこれ、紫之くん花嫁みたいだね」

「へっ⋯⋯？花嫁、ですか？」

「そう、シーツがウェディングドレスのヴェールみたいに見える」

可愛いなあ、と顔を綻ばせると、彼の顔はじわりと熱を帯びていく。恥じらいからなのだろうが、それすらも可愛さを加速させてしまう。
しかし、料理に洗濯に掃除という家事全般が出来るって⋯⋯女の私より数倍は嫁力が高いのでは？ いや、自分で考えておいて嫁力とは何だ。


「あっ、あの！」

薄い布に手をかけようとしたが、いつもより張った声に止められる。彼は頭に被っていた布を剥ぎ取ると、それでふわりと私を包み込んだ。花の清潔な香りが鼻腔を擽って、私を覆う。


「ぼくは男なので、なるにしてもお婿さんにしかなれませんし⋯⋯花嫁のヴェールは、Aさんみたいな女のひとの特権ですよ」


似合うだろうなぁ、とまだ見ぬ未来に憧憬を滲ませて微笑む彼。それを瞳に映した私の心臓は、確かに鐘を打ったように震えた。


私にしか聞こえないその鐘の音は、カリヨンのものだったのか。いつか本物を聞く時に隣に居る人は、彼のような穏やかな笑みが似合う人であってほしいと、清らかな匂いに包まれながら祈った。

薄紅の岐路【1】/蓮巳敬人→←夜逢列車【◇】

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