Daydreaming (ページ2)

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狭い廊下を通って右に曲がると、ノックもせずにドアを開く。途端苦い香りが鼻をかすめた。煙草の匂いだ。先輩の部屋はいつも、古い紙の粉っぽい匂いと、煙草の匂いと、どこか懐かしくて泣きたくなる匂いがする。果たして先輩はそこにいた。いつも通り、真ん中のソファに腰掛けている。床には本が散乱していたが、机の上は灰皿だけだった。当たり前だ、紙は火気厳禁だもの。
顔を上げた先輩は視界に私の姿を認めた。
「やあ」
片手を上げる先輩に一言。
「本借りに来ました」
煙草を燻らせる先輩をよそに目的地に向かう。先輩の部屋は四方の壁に本棚がある。ちょっとした図書館みたいだ。地震が起きたら先輩は本で生き埋めになるんじゃなかろうか。
ずらりと並ぶ背表紙から目当てのものを見つけ取り出す。と同時にひらりと白いものが落ちた。
「…なにこれ」
拾い上げるとそれは手紙だった。白いシンプルな便箋。少し黄ばんでおり、ざらりとした感触がある。劣化している。年季物のようだった。表にも裏にも何も書かれていない、宛先も差出人もない手紙だった。
「あ、見つけちゃった？」
それ、と私の手元を指差し、含み笑いをする先輩を横目で睨む。
「またいつものいたずらですか」
「違うって。俺お前がどの本借りるかなんて知らねーもん。仕込みようがねぇだろ、たまたまさ」
そう言って机に頬杖をつき唇の端を引き上げる。
「……」
相変わらず癪に触る人だ。
そして怒っているこちらの反応を楽しむ悪趣味な野郎だということも知っている。反発すればするほど相手の思うツボだ。ここは素直に折れるべきか。
「じゃあこれはなんですか」
にやにやしていた先輩はぱちぱちと瞬きをしてすっと笑みを消した。
「ラブレター」
いつもならなんだと思う？とかいって勿体ぶる先輩は、あっさりと答えを口にする。無機質な声からは、なんの感情も伺えない。
「へえ」
ラブレター。もしくは恋文。今ではもう時代遅れ、いや、古風な愛の伝え方である。