唇に、さよなら。 (ページ29)

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２９：無知な自分。ページ29

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“ 借用書 ” その文字だけで、頭が真っ白になったのに
その紙に記載してあった借主の名前が
私の両親の名前だったから、何が何だか分からなくなって

冷静さを失った私は帰宅後の旦那に、すぐに問い詰めたんだ。

｢ねぇ、これどういうこと？
どうして貴方が私の両親にお金を貸してあるの？
ていうか、1000万って･･･こんな額。｣
｢･･････勝手に見たのか？｣
｢そんな事より、これはどういうことかって聞いてるの。｣

心が乱れて、声が震える。
どうして両親にこんな大金を貸す必要があったのか
どうして両親は私に内緒でこんな大金を借りたのか。

知りたいのに、聞くのが怖い。
そんな、複雑な心情の中、旦那は顔色を変えることなく
淡々と事の経緯を説明していく。

｢結婚の挨拶に行った時に、お前の両親に相談されたんだよ。｣
｢･･･なんて？｣
｢ウチには多額の借金があるから
娘を嫁に出すのはいいが、結婚資金は出せないって。｣
｢･･････多額の借金？そんなの、聞いたことない。｣

全身の血が、サーっと引いていくのが分かる。
裕福な家庭ではなかったけど、ごく平凡的に暮らしてきたから
借金なんて･･･、信じられない。

｢お前、幼い頃は体が弱くて、よく病院に通ってたんだろ？｣
｢･･･どうしてそれを、｣
｢お前の両親から聞いた。幼い頃にまだ症例の少ない病にかかってたって。その借金も、その病を治すためのものだったんだよ。｣
｢･･････うそ、そんなの知らない。｣

取り乱す私に、平然とした態度で旦那は言う。

｢良かったじゃん、お陰で病も治って
俺と結婚したことで両親の借金もチャラになったんだから。
妻になる相手の両親が、借金してるなんて知られたら
俺の立場も悪くなるしな。
結婚詐欺だった時のために、一応借用書を書いてもらっただけで
俺は別に、お前の両親から貸したお金を返してもらおうとは
思ってないよ。｣

ありがとう。とでも言って欲しいのか
優しい声のトーンで私を宥めるように肩に手を置いてくる。

だけど、反射的にその手を振り払った私の目には
ジワジワと、悔し涙が溢れていて。

｢お前がそういう反応すると思ったから、隠してたのに。
なんで見つかっちゃうかな。｣

面倒くさそうに頭を掻きながら、溜息をつく姿に
私が今まで見てきた全ては、なんだったんだろうと

無知だった自分を激しく恨み、これまで過ごしてきた日々を疑った。