唇に、さよなら。 (ページ15)

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１５：料理の天才。ページ15

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｢Aちゃんは、もう食べたの？｣
｢うん。さっき食べたよ。｣
｢ひとりで？｣
｢え？うん。｣
｢旦那さん、今日の夜に帰ってくるんじゃなかったっけ。｣
｢あーうん、さっき帰ってきて今お風呂に入ってるんだ。
晩御飯は、食べてきたんだって。｣

そう話すと、手渡した紙袋に視線を落として
綺麗に整った顔を複雑そうに歪ませる。

｢もしかして、これ旦那さんの分だった？｣
｢あー、うん。実はね。｣

紫耀くんがジッと私の顔を見つめるから
どんな顔していいか分からなくて、無理に作った笑顔はどうしようもなく引き攣っている。

｢そっか。でも俺すっごいラッキーだなって思っちゃった。｣
｢ラッキー？｣
｢うん。旦那さんが外でご飯食べてきちゃって
Aちゃんは、嫌だったかもしれないけど
そのお陰で、俺はAちゃんのめちゃくちゃ美味しいご飯食べれるんだもん。｣

濁りのない笑顔で、嬉しい言葉をストレートに伝えてくれる。

さっきまで、悲しくて泣きそうだったけど
今はなんだか、嬉しくて泣きそうになってる。

｢嬉しいな。そういう風に言ってもらえると。
紫耀くんは、人を褒める天才なんだね。｣
｢俺は凡人だけど、Aちゃんは料理の天才だよ。｣
｢ふふ、そういうとこだよ。｣

自然と緩む頬に、心が温かくなっていくのが分かる。

｢そろそろ戻るね。｣
｢うん。俺も、空腹で死にそうだから早速食べちゃうね！｣

へへっ、とワンコみたいな彼に手を振って
極力ドアの音を立てないように
そ〜っと、自分の家に戻った。

｢俺の新品のスウェット知らないか？｣

丁度、お風呂から上がってきた旦那が
少しくたびれてきたスウェット姿で、冷蔵庫の中からペットボトルの水を取り出す。

その姿に、昨日の紫耀くんの濡れた髪を思い出して
変にドキッと胸が鳴る。

ていうか、新しいスウェットって･･･
昨日紫耀くんに貸すために出して、洗濯したんだった。

｢ごめん、自分のと間違えて昨日着ちゃった。
今、ベランダに干してあるよ。｣
｢間違えたって･･･あれ、どう見てもメンズだろ？｣
｢･･･はは、だよね。｣

とっさについた嘘に、引き攣る笑顔。
だけどそんな苦しい言い訳も

｢まぁ、いいけど。｣

と、あっさり切り捨てられてしまう。