唇に、さよなら。 (ページ13)

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１３：消臭スプレーページ13

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｢Aちゃんのお陰で、ほんと助かりました。
またお礼させてね！｣

お邪魔しました、と
玄関先で何度も頭を下げる紫耀くんを見送ったあと

シン、と静まり返ったいつもの部屋で
淡々と家事をこなしてく。

と言っても、特に部屋も散らかってないし
少量の洗濯物を回してる間に、ベランダに干してる自分のスウェットやらを取り込めば

ほとんどの、やる事が終わってしまう。

昼間はパートで働きたいな、と思っても
旦那には、ずっと専業主婦でいてくれと言われちゃうし。

なんで？って聞けば、生活に困ることは無いだろ？って
上場企業のエリート課長である旦那は
結婚当初からずっと、毎月変わらない額を生活費用の口座に入れてくれてる。

その金額の一部は、お前の好きに使っていい。と、
関係が冷め切った今でも、変わらずお金には困らせないようにしてくれてるから

そういう面では、本当に感謝しているし
私が何も困らず生活できてるのは旦那のお陰だなって、自覚してる。

愛も、お金も、自由も手に入れることなんて
一生かけても難しいことだって分かってる。

だけど今、私が一番欲しいのは
誰かと一緒に共用できる“一時”なんだ。

ずっとじゃなくていい。

一日1時間でも、30分でも
一緒にご飯を食べて、その日にあった出来事を聞いたり話したり。

明日は、あれが食べたいな。とか
今度一緒に新しい服を買いに行こう。とか

何ら特別じゃない会話を交わして、笑顔を零せる毎日が
今の私には、とても恋しいものなんだ。

｢おかえりなさい。｣

出張という名の旅行から帰ってきた旦那を
色のない表情で、迎えた夜。

｢ご飯は？｣
｢食べてきた。｣
｢そっか。｣
｢風呂は？｣
｢湧いてるよ。｣

帰ってきてすぐ、嗅ぎ慣れてしまった甘い香水の匂いがついたスーツを預かって、消臭スプレーをかけクローゼットにしまう。

テーブルの上に並べられた料理に視線を落とすこともなく
お風呂場へ向かう背中を見て
私が取り戻したい日々は、この人にとっては切り捨てた過去なのかもしれない。と、

余ってしまった料理を、タッパーに詰めながら
泣きそうになるのを堪えていた。