唇に、さよなら。 (ページ33)

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３３：さよなら。ページ33

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｢俺ね、正直Aちゃんと出会えたのは
運命かもって思っちゃってたんだ。
鍵をなくして、困ってた俺の前に優しくしてくれたお姉さんが地元の高校の先輩だったんだもん。
そんな偶然、あんまりないでしょ？｣

頬に落ちる涙を、親指で拭いながら
優しい表情で語ってくれる、あの日のこと。

｢結婚してるって、分かってんのに
Aちゃんが俺に優しくしてくれる度に
好きになっちゃってたし、
俺のこと、ヒーローみたいだって笑ってくれたのが嬉しくて。ずっと俺の胸の中に、その言葉が残ってた。｣

紫耀くんと、ちゃんと知り合えてから
まだ数ヶ月しか経っていないのに
随分と、密度の濃い時間を過ごしてきた気がする。

｢こんなに素敵なAちゃんが、
いつも、寂しそうに笑うから。
俺なら、そんな顔させないのになってそう思ってから
自分の気持ち抑えることなんて、できなくてさ。｣

優しい目をしたまま、少しだけ苦しそうな表情を見せる紫耀くんに、胸が痛くなる。

そんな風に、想ってもらえていたことが
過去の私の、救いになるよ。

｢ごめんね、困らせちゃって。
俺、Aちゃんのこと大好きだよ。
だからずっと、一緒にいたいなって思ってたけど
･･････もう、終わりにした方がいいのかな？｣

涙を拭った親指で、私の輪郭をなぞりながら
私に苦しい選択を委ねた紫耀くんは
どんな答えを待っているんだろう。

紫耀くんは、もう苦しい？
紫耀くんだけのものに、なれない私の事を
ずっと好きではいられないよね。

だから今、そんな選択を迫るんでしょ？

｢泣かないでよ。
･･････泣かれたら、奪い去りたくなる。｣

紫耀くんの表情が、一気に曇ったかと思えば
私の後頭部に手を添えて、ギュッとキツく抱きしめる。

こんな時でも、紫耀くんの腕の中は温かくて、
大好きな甘い香りが、やけに切ない。

駄目だな、私。

紫耀くんに何も与えられないのに
ずっと愛していて欲しいなんて

そんなの、拷問すぎるよ。

今のうちに、この腕を･･･このぬくもりを･･･手放さないと。

これ以上、紫耀くんの優しい心を傷つけてしまわないように
私が、この恋にさよならをしなきゃ。