愚策 ページ5
その柔らかい表情は、もしかすると一野さんを落ち着かせようとしてのものかな…なんて。千山君は大人だ、有り得ないことでもない。
一野さんは浅い呼吸を数回繰り返し、先程より落ち着いた様子で答えた。
「で、できればそうして…無理でしたら、誰と何を話したか言ったり…」
「愚策だね。」
少し和らいだ場が、冷凍庫に放り込んだみたいに硬直した。このタイミングでこういうことを言う人は1人だと、もう全員把握していた。
「その愚策もさー…もうバレてるんじゃないの？」
六原君だ。やはり、彼の言うことは残酷なようで一理あるかも知れない。
六原君は、成績優秀で冷静で。しかし、彼には重要なものが1つ欠けている。
「ちょっとさ、言い方考えようよ。」
一野さんの前に、四井さんが憚った。どうやら、一野さんを隠しているらしい。
きっと、見るに耐えない辛そうな顔をしているんだ。
「でもさぁー…言わなきゃわからないでしょ…馬鹿は。」
＿馬鹿？確かに、一野さんは六原君より頭は良くない。
だけど、この案は一野さんがよく考えたものだ。普段大人しい一野さんが、正面切って発表したものだ。
一野さんは、六原君には無いものを持ってるんだ。
「言い過ぎだ。」
…弐筱君には、本当感謝しないとな。
今弐筱君が口を開いていなければ、不安定な感情が溢れ出すところだった。
「そうー…？俺らの様子は、何処かで放送されてるんだよ…というか、そもそも相手は人間…？
俺らの個人情報とか性格とか…今この瞬間の思考も読まれてるんじゃない？」
それは、確かにそうだ。平均的な頭脳ではあるけど、私も考えたこと。言い換えると、そこまでは「私でも考えられたこと」。
それなら、だよ。六原君。
「…思い付いてるんじゃない？」
数分ぶりに聞いた自分の声は、高く共同スペースに響いた。11人の視線が此方に向いて、一野さんの気持ちが少しわかった気がする。
心臓が跳ねている。一定のリズムを刻むそれが心地好い。
「サイコ達を敗る…もっと良い方法。」
六原君は、にっと口角を上げた。三日月のような口元が、嬉しそうにも悔しそうにも動く。
「今俺ねー…賭けしてたんだ。」
六原君は、力を抜いたように肩を落とした。
…本当の変わり者だ、六原君は。
「1人でも俺に"方法"を求めたら俺の敗け…全員が一野の加護に回ったら俺の勝ち。だから俺の敗けだよ…敗ーけ。」
…もしかすると、いつも賭けをしているんだろうか。それで、こんな不思議な態度なんだろうか。
「敗者だから敗者らしく…言うよー…"得策"。」
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