双黒好きによる双黒好きのための双黒の話【３】

逢引を呼ぶ帽子.中原中也 (リクエスト) ページ38

長針がカチリと動いて、十二の数字を指した。

予想では、あと数分で中原さんは何時もより若干眉間に刻む皺を増やしながらこの部屋の扉を開けて、書類の束を私に押し付け____否、渡して下さる筈だ。

普段は砂糖の入っている珈琲をあまり好まない彼だが、経験上、恐らく今日は別だろう。



「じゃないと、砂糖瓶置かないもんね……」


ふわりと立ち込める珈琲豆の香りを吸い込み、
優越感に浸りながら呟く。

ひとつまみだけ砂糖を珈琲に溶かし、
スプーンで一周、くるりと円を描き、時計に目をやる。

長針がもう少しで一を指す。
多分、もうそろそろ_______



「………」

「あ、お疲れ様です、中原さ」

「頼んだ」


ガチャリと音を立てて開いた扉の向こうから現れた橙色は、私の姿を目にするや否や素早い動作で、帽子、外套、書類を私の頭、肩、掌に移動させた。


もし私が貴方の妻だったら文句云っちゃいますよ、
中原さん。



「何時もの場所です、珈琲」

「おう、感謝するぜ。
最近は手前の珈琲が無ェとやってらんねェよ」



まあ、何時も文句なんて忘れちゃうくらい、
素敵な顔されるんですけどね。


ふぅ、と息を吐く彼に背を向けつつ、
所定の場所に外套等を戻していく。



「………あの、中原さん？」

「何だ？」



ふと、頭に被せられている帽子に手をやり、
以前からあった疑問を口に出してみた。



「この帽子……女性用とか、あったり、します？」



伺う様に中原さんの方に視線を向けると、
彼は微かに瞳の奥を煌めかせていた。

普段見ることの無い、僅かに幼さの残る表情。



「あの、以前から思ってたんですけど、
私もこんな感じの帽子、好きで、欲しくて………」



その表情に背中を押された私は、素直に言葉を零し、終いには望みを伝えた。



「良かったら、紹介し」

「今度、」


え、と漏れた小さな声は時計の音にかき消される。

珈琲を飲み干した中原さんは、どかりとソファの上に腰を下ろし、私を見てにやりと唇の端を持ち上げた。



「今度一緒に、街にでも出てみっか？」



自分の表情に効果音が付いたのが判った。
そう、「ぱあああっ」という効果音が。

嬉しさに言葉を詰まらせながらも、必死に首を縦に振る私に中原さんは軽く笑いを零した。




「俺ァ、Aなら判ってくれると思ってたぜ？
良いモン選んでやるから、楽しみにしとけよ」




_____これが俗に云う 「逢引」になるだなんて、
この時の私は気づいていなかったのだ。






……

璃子様、ありがとうございました。

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