れいぞうこからっぽ ページ12
「ごはん」
「腹が空いたか」
夕暮れ時、今日の芥川の仕事はやけに早く片付いた。不慣れながらも子供の面倒を見ようとする芥川に対する周囲の人間達の多大なる気遣いと苦労あってこその話なのであるが、本人は知る由もない。
仕事が終わってしまえば、特段する事も無い。家に帰り、絵を描き大人しく遊ぶ子供を何をするでも無く観察していた芥川は、子供に空腹を訴えられ、改めて今の時刻を認識した。
なるほど、幼子なら腹が空く時刻か。
子供が食える様な物があっただろうかと、芥川は冷蔵庫を開け、数秒の静止の後、静かに閉めた。
脳裏に妹の「冷蔵庫に何も無いから食材ちゃんと買ってね」と云う言葉が蘇る。
もしこの場に居るのが芥川一人であれば、食材を買いに行く手間を嫌がり、きっと何も食べずに一日を終えていただろう。元より食が細い芥川からすれば何の支障も無い事だが、子供はそうにもいかない筈だ。
銀に言った手前、今の自分にはこの子供を養育する義務がある。つまり、子供の分の食糧を買いに行かねばならない。
「童子、出掛けるぞ。空腹には暫し耐えろ」
子供は素直に頷いた。
出掛けるとは言ったが、芥川は殺人鬼として軍警に指名手配を受けている身。まだ陽の沈まぬこの時刻に、あまり大っぴらに外を出歩くことはできない。
が、一部の例外を除き、大多数の人間は余り利口に出来てはいないようで、眼鏡や帽子等で顔を一部隠し、堂々としていれば案外気付かれないものなのだ。
芥川は私用の外套に腕を通し、顔を隠す為だけに購入した眼鏡を掛けた。
ふと、濃色の硝子越しに、自分を見上げる幼子の顔が視界に入る。子供の顔は確かに自分によく似ていた。加えて子供の白髪は人目を引くだろう。芥川は暫し考え込み、洋服棚を漁り出した。
目当ての物を取り出し、子供の頭に被せてやる。
「ぼうし?」
「ああ。貴様の様な幼子が拘束される事は無いだろうが……万が一だ」
それは鼠色のキャスケットだった。大人用の帽子は、子供の頭をすっぽり覆い隠すには十分すぎる大きさだ。
芥川がそれを暫く被っている様に言い付けると、その理由を良く理解していないのであろう子供は、まるで任務を賜ったのだと言わんばかりの神妙な顔で頷き、帽子が頭からずり落ちることのないように両手でしっかり押さえた。
視界が狭いのか、少し危なっかしい足取りで玄関に向かう子供に、芥川は「転ぶなよ」とだけ声を掛けた。
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糖莉 - めっちゃくちゃ面白くて一気読みしてしまいました。最後がとても感動?してグッときました。この作品に出会えてとても良かったです! (2022年1月30日 22時) (レス) @page50 id: b9fd4d8946 (このIDを非表示/違反報告)
獏(プロフ) - 完結されてから時間が経ちましたが、どうしても感想を伝えたくなり書き込みました。すごく好みの作品でした。最後に芥川さんが名前をつけようとするところがグッときて仕方がありませんでした。こんなに良い作品に出会えて嬉しかったです。ありがとうございました (2021年8月7日 18時) (レス) id: e438c140c8 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - dekuさん» ありがとうございます!! 完結した今でもこうして感想が来るのは本当に嬉しいです!!敦くんの話はもっと丁寧にやりたかったな〜と思っていましたが話数の都合で断念(-人-) (2019年6月30日 13時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - しぇるふぃあ。((芦原晴))さん» 語彙力のある感想に死にそうになってます……一気読みお疲れ様でした本当にありがとうございます幸せです 変わったとはいえ芥川にとって我が子に上手く愛情を注ぐのはきっと難しい事で将来は色々苦悩したりすると思います笑 (2019年6月30日 13時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - 秋霖時雨さん» ありがとうございます! 彼は自分の事を「卑しい身の上」だと思っている部分は多少なりともあって 自分の血を引いた子供は不幸になる と考えいた芥川が諸々吹っ切れた台詞だったりします(こっそり) (2019年6月30日 13時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こめ(元団子) | 作成日時:2018年10月14日 18時